ヨガやBORN TO YOGが退屈になってきたら「やっとここまで来た」と思おう

ENQAN

ヨガでもBORN TO YOGでもSIQAN(瞑想)でもスポーツでも、どんなことでも継続していくと退屈さがやってきます。

これはとても良い兆候です。

中級者か、それなりなところまでやってきたのです。

そして、また「退屈さ」というのがやってきていることはエゴが騒ぎ出してきたことでもあるのです。

退屈さがやってくると、文句を言ったり刺激を求めていったりとさらにエゴは動きます。

退屈を観じていることそのものがエゴと言ってもいいかもしれません。

エゴが刺激を求め始めているのです。

 

エゴのある種の筋肉痛が起こっているのがこの退屈さです。

淡々と継続していき、あるレベルに達していくと欲や自我でそれを行わなくなっていきます。

エゴが消えてしまいそうになっているので、エゴがやめてくれと言ってくるのです。

エゴが薄くなっていくのを恐怖するわけです。

だから、エゴが騒いでくる。

その一つに退屈さがあります。

 

SIQAN(瞑想)でもこの話はします。

エゴは退屈を嫌います。

刺激がないことを嫌います。

イベントがないことを嫌います。

アクシデントやテンションが上がることを望みます。

特別なことが起こることを求めます。

 

ですが、ヨガには特別なことはありません。

BORN TO YOGにも特別なことはありません。

瞑想にも特別なことはありません。

なので、ある程度継続していくとエゴが騒ぐのです。

「暇だなぁ、退屈だなぁ、もっと刺激がほしいな、もっと欲を満たしたいな、チヤホヤされたいな」と。

その合図が退屈でやめたくなる時です。

その時はそのまま継続することです。

継続することで壁を越えることができます。

頑張りすぎたり、人を蹴落としたり、他の刺激に逃げることなく、継続です。

すると少しずつエゴが落ち着きます。

ちゃんと落ち着いてくるのです。

 

退屈さはエゴの働き

BORN TO YOGをやっていく中で退屈さを観じられる人がいます。

瞑想(SIQAN)でも同じく退屈だからできないという人もいます。

それは普段から刺激中毒になっております。

欲望が苦しみの源泉です。

欲望は刺激を欲しがります。

満たされたいのでずっと欲するわけです。

ヨガや瞑想をやっているのに、ずっとエゴに絡めとられている場合ではありませんね。

 

もっともっとと欲望を満たす満足から離れていこう

「もっともっと」という気持ちから離れることです。

こういった気持ちが強いと辛くなります。

不幸な方向へと行くのです。

もっともっとという気持ちは欲望を満たそうとして、行動し続けます。(不調和の拡大です)

依存症じゃないですけど、もっともっとという気持ちはずっと満たされないのです。

食べても食べてもお腹がいっぱいなのに、まだ食べてくて仕方がないような状態。

飲んでも飲んでもお腹がタポンタポンでも、まだ水を飲みたくて仕方がない状態。

当然、苦しいのに食べたいと思っている。

苦しいのに水を飲みたいと思っている。

食べても満たされない、飲んでも満たされない。

それと同じようになっていくのです。

 

自分の道を歩もう、そこに真の道がある

直観が大事になります。

本音と言い換えてもいいです。

その直観に自分の王道が隠れているのです。

自分の本音でやってみることです。

本音では何をしていたいでしょうか。

単純な欲を満たすためでなく、もう少し広い気持ちで観じてみる。

本音では何をした方がいいのか知っているのです。

この人生で何をしていくのかみんな知っているのです。

そちらに向かうことです。

調和の方向です。

関連記事:あるがままにいこう、ヨガもBORN TO YOGもそう言ってるではないか

 

終わりに:人生を振り返る時があなたの幸せを決める

人生は、結局は何を集めたかでも何を手に入れたかでもありません。

幸せかどうかです。

そして、その幸せは今ここで観じるものです。

持ち物では幸せは観じられません。(小学校のころのプレゼントで一生幸せを観じて生きてませんよね?)

物をゲットしたり、食べたいものを食べても興奮することができるだけです。(もちろん食事は大事です)

死ぬ間際で振り返った時に幸せでないと、オセロのように白黒が全部変わるのです。

人生はオセロのようなもので、安易なことで欲望を満たそうとすると人生全体がパタパタと黒に変わってしまったりします。

今幸せだと、黒も白に変えることができたりします。

あの時の経験があったから今があるんだなと。

BORN TO YOGやYogaや瞑想を続けていくなかでも、いろんなことを経験することでしょう。

その一つ一つを大切にしていくことで、オセロの白に変えていけるのだと思います。

少しずつ白にパタパタと変えていくのがYogaや瞑想なのだとも思います。

それを黒の種を撒くようには使っては勿体ないのです。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。