こんにちは。
前回の縁側日記からあっという間の時間が過ぎております。
「改めて瞑想習慣を作っていきます」と書かせていただきましたけど、その後、どうなっていったのか。
瞑想習慣はそこそこ継続できております。
ちょっと難しいかなと時間的にも思ったのですが、なんとか続いております。
そもそも瞑想をしたいと思っていますので、そこのモチベーションは大丈夫なのですが、現実問題として朝昼晩は頻度が高い設定でしたね。
なんとか工夫してやっております。
ヨガのクラス、瞑想会も引き続き開催しておりますので、ご興味のある方はどうぞ。
EngawaYogaでは散々おすすめしておりますが、ヨガや瞑想に興味を持った際にはご一読ください。
読むのと読まないとでは、まったく異なる時空を生きることになると思います。
観じるということがいかに必要かということがわかるかと思います。
瞑想の時間を少しだけでも確保することについて
瞑想の時間は必要であり、体感するとやはり違うと思います。
瞑想の時間をもつことでの変化は、生活の中に句読点のようなものが起こるということです。
今の生活はとても流れの早い急流の中を流されているようなものです。
自分に意識が向くこともなく、なんとなく忙しく過ぎ去っていきます。
そんな生活なかで「一息」いれることができるのが瞑想の時間です。
句読点の時間を改めてとることができるので、余白が生まれ、直観もわかりやすくなっております。
そもそも、瞑想をそれなりな期間、習慣としてやっておりますので、瞑想の特別なメリットを今回の習慣で得ているわけではありません。
あまり瞑想をしたことがない人が瞑想を習慣にすることで、様々なことを観じることができます。
何を観じるかは、もちろん人それぞれだと思います。
身体感覚が鋭くなる人もいますし、気分が良くなる人、直観が働くようになる人、いろんなご縁が生まれる人、といらっしゃいます。
私としては、より直観に、そして自然に気づけるようになるといいなと思っております。
瞑想でチューニングの準備
足立育朗さんの波動の法則では、チューニングという言葉が出てきます。
宇宙の情報層と同調する状態のことです。
瞑想状態もひとつのチューニングだと思っております。
ラジオの周波数変換のように、脳の周波数変換をすること。
瞑想を習慣にすることでより波動の細かい情報と同調できると思っています。
瞑想しないといけないわけではありませんが、
瞑想状態を日常生活に落とし込むことも大事とも思います。
特にヨガはやられている方は瞑想から離れることはできませんしね。
瞑想中だけが特別な時間になってしまわないことが大事に思います。
それはそれは大切なことに思っています。
結局、エゴばかりで生活してしまうのが人間です。
エゴというのは自分さえ良ければいいとう感覚であったり、心配や不安などですね。
エゴのおかげでいろんなことを体験できていることには感謝ですが、エゴが拡大してエゴだけで生きる(自分さえ良ければいい)状態から離れた方が良いとは思っております。
瞑想を通じて自分の存在する時空元は変換されていくのだとも思っています。
瞑想を通じてチューニングの練習・準備をしております。
瞑想をしなくてもチューニングの練習はできます。
むしろ、瞑想しないでチューニングだけする方が良いのかもしれません
瞑想の時間を私は好きなので瞑想しながら実践しております。
いつまでこの頻度を保って瞑想できるかはわかりませんが、もうしばらく継続していこうと思っております。
おわりに:直観の実践がとても大切な時期
とても大事な時期が続いていると思っております。
不調和なものが多い社会ですし、数字が大きい方が評価されたり優遇されたりもします。
エゴをいかに満たすのか、を多くの人が競っております。
「そうではないんじゃないか」と疑問を持つのがヨガやスピリチュアルです。
ですが、ヨガやスピリチュアルの分野でも競い合っております。
再生回数や出版部数、どれだけ影響力があるか、うまいこと話すことができるか、予言で煽るか、などなど。
自分が今大事だと観じることをいかに実行に移すかだと思います。
体調が悪かったり、怪我などをしている方もいらっしゃるかもしれません。
それでも、その環境において観じることができます。(わたしもそうです)
今いるところでできることがあると思います。
誰にも、直観でヒントが来ていると思います。




