ヨガのクラスに出て、たっぷり汗を流した後、最後に行われる瞑想やシャヴァーサナの時間。
「早くシャワーを浴びたいな」「今日の夕飯は何にしようかな」
そんなことを考えながら、この時間を単なる「クールダウン」や「休憩」だと思っていませんか?
あるいは、「ポーズだけで十分効果があるから、瞑想は自分には関係ない」と感じている方もいるかもしれません。
「ヨガのポーズをやった後には、瞑想をする必要がありますか?」
この問いに対する私の答えは、イエスであり、同時に「それこそが本番です」というものです。
むしろ、厳しい言い方をするならば、瞑想なきポーズの実践は、ヨガという巨大な氷山の一角を削っているに過ぎず、その本質的な恩恵のほとんどを受け取り損ねているとも言えます。
今日は、なぜヨガのポーズ(アーサナ)の後に瞑想が必要なのか。
その理由を、ヨガの歴史的背景、生理学的なメカニズム、そして現代社会が抱える問題点といった様々な角度から、深く掘り下げてみたいと思います。
もくじ.
歴史から紐解く:そもそもポーズは何のために生まれたのか
まず、根本的な誤解を解くところから始めましょう。
現代では「ヨガ=ポーズ(ストレッチやエクササイズ)」だと思われていますが、数千年のヨガの歴史において、これほど複雑なポーズが主流になったのは、ごく最近(ここ100年ほど)のことです。
古代のヨガの経典『ヨガ・スートラ』において、「アーサナ(ポーズ)」という言葉は、「坐法(座り方)」という意味でしか使われていません。
つまり、ヨガの本来の目的は一貫して「瞑想」にあり、ポーズはその瞑想を深めるための「準備運動」に過ぎなかったのです。
瞑想をするためには、長時間、背筋を伸ばして不動の姿勢で座り続ける必要があります。
しかし、身体が硬かったり、歪んでいたり、エネルギーが滞っていたりすると、すぐに腰が痛くなったり、足が痺れたりして、心静かに座ることができません。
そこで、瞑想の妨げとなる身体的な不調を取り除き、快適に座れる強靭な肉体を作るために、様々なポーズが開発されていきました。
つまり、ポーズを行って身体を整えた直後こそが、ヨガの実践において「準備完了」の状態なのです。
ここでマットを片付けて帰ってしまうのは、極上の料理の下ごしらえだけを完璧にして、食べる直前にレストランを出て行くようなものです。
あまりにも勿体無いことだと思いませんか?
生理学的な視点:交感神経から副交感神経へのシフト
現代社会は、私たちを常に緊張状態(交感神経優位)に置きます。
スマホの通知、仕事のプレッシャー、人間関係のストレス。
私たちは常に「戦うか逃げるか」のモードで生きています。
ヨガのポーズ、特にダイナミックな動きは、適度な運動によって交感神経を刺激し、身体に溜まったストレスホルモンを燃焼させます。
そして、その後に訪れる静止の時間(瞑想やシャヴァーサナ)によって、自律神経のスイッチが「副交感神経(リラックスモード)」へと深く切り替わります。
この「動(緊張)」から「静(弛緩)」への落差こそが、深いリラクゼーションを生む鍵です。
ポーズの直後は、血流が良くなり、筋肉がほぐれ、呼吸が深まっています。
脳波はリラックス状態を示すアルファ波や、まどろみのシータ波が出やすい状態になっています。
このタイミングで行う瞑想は、普段の生活の中でいきなり座って行う瞑想よりも、はるかに深く、スムーズに入ることができます。
このゴールデンタイムを逃して、すぐにスマホを見たり、次の予定のことを考え始めたりすると、せっかく整いかけた自律神経はまた乱れ、脳は覚醒モードへと引き戻されてしまいます。
ポーズ後の瞑想は、整ったエネルギーを身体に定着(インストール)させるための、不可欠な保存プロセスなのです。
エネルギーの視点:プラーナを循環させ、蓄える
ヨガの生理学では、私たちの身体には「プラーナ(生命エネルギー)」が流れていると考えます。
日常生活で、私たちのプラーナは思考や感情、感覚器官を通じて外側へと漏れ出し、浪費されています。
ヨガのポーズは、身体中のエネルギーライン(ナーディ)の詰まりを取り除き、プラーナの流れを活性化させます。
ポーズを終えた直後、体感として指先がジンジンしたり、身体の内側が温かく感じたりするのは、このプラーナが活性化している証拠です。
しかし、活性化しただけのエネルギーは、まだ荒削りで不安定です。
瞑想を行うことで、この高まったエネルギーを鎮め、身体の中心(丹田や背骨のライン)へと集め、蓄積していくことができます。
もし瞑想をせずに活動を始めてしまうと、せっかく生み出したエネルギーはまた外側へと拡散し、雲散霧消してしまいます。
ポーズで発電し、瞑想で蓄電する。
このセットで行って初めて、私たちは日常を生き抜くための底力(バイタリティ)を手に入れることができるのです。
現代社会の問題点:なぜ私たちは「止まる」ことができないのか
では、なぜ多くの人がポーズ後の瞑想を省略したり、苦手だと感じたりするのでしょうか。
それは、現代社会が「すること(Doing)」に価値を置き、「あること(Being)」を軽視する病に侵されているからです。
「何かを生産していない時間は無駄だ」
「じっとしていると不安になる」
「空白の時間が怖い」
これは現代特有の強迫観念です。
ポーズをとることは「運動した」「汗をかいた」という達成感(Doingの満足感)を与えてくれます。
しかし、瞑想は何もしません。ただ座るだけです。
成果が見えにくく、エゴが満足しないため、私たちは本能的にこの時間を避けようとします。
しかし、だからこそ必要なのです。
常に走り続けている思考のハムスターホイールから降りること。
生産性や効率という物差しを捨てて、ただ「今の自分の呼吸」と共にいること。
この「何もしない時間」への耐性を養うことこそが、情報過多で多忙な現代を生きる私たちにとって、最強の免疫力となります。
ポーズで身体を動かすことは、この「止まること」への恐怖を和らげ、スムーズに静寂へと移行するための儀式でもあるのです。
スピリチュアルなアドバイス:魂との再会
最後に、少しスピリチュアルな視点からお話しします。
ヨガの究極の目的は「真我(本当の自分、魂)」との合一です。
私たちの本質は、肉体でもなければ、コロコロと変わる感情や思考でもありません。
それらを奥底で見つめている、静かな意識そのものです。
ポーズを行って肉体の感覚が研ぎ澄まされ、余計な思考が削ぎ落とされた時、私たちはこの「真我」に最も近づくことができます。
瞑想の時間とは、外側の世界に向いていた意識のベクトルをくるりと反転させ、自分自身の源泉へとダイブする時間です。
その場所には、言葉にはできない安らぎ、理由のない至福(アーナンダ)があります。
「私はこれでいいんだ」「すべては大丈夫なんだ」という絶対的な肯定感が、湧き上がってくる場所です。
ポーズ後の瞑想は、この魂の故郷へと帰るための、一日のうちで最も神聖な時間です。
結論:瞑想で、ヨガを完結させよう
ヨガのポーズは素晴らしいものです。身体を健やかにし、心を前向きにしてくれます。
しかし、それだけで終わらせてしまうのは、あまりにも勿体無い。
ポーズは「種まき」であり、瞑想は「収穫」です。
次にヨガマットの上に立つ時は、どうか最後のシャヴァーサナや瞑想の時間を、時計を気にする時間ではなく、自分自身へのご褒美の時間に変えてみてください。
たった5分でも構いません。
身体の動きを止め、思考を止め、ただ静寂の中に身を委ねる。
その静けさの中で得られる気づきや安らぎこそが、あなたがヨガから受け取るべき本当の宝物なのです。
ポーズと瞑想。この二つが車輪のように揃って初めて、ヨガという乗り物はあなたを望む場所へと連れて行ってくれるでしょう。
ENGAWA STUDIOでは、この「静寂の時間」を何よりも大切にしています。
ポーズの後の深い余韻を味わいにいらしてください。
ではまた。


