情報の断食を始める DAY5

自己啓発

ー沈黙の栄養を取り戻すためにー

私たちは、身体の健康のために、時に「断食(ファスティング)」を行います。過剰な食事によって疲弊した消化器官を休ませ、体内に蓄積された毒素を排出することで、身体が本来持つ生命力を回復させるためです。身体が食物を必要とするように、私たちの精神もまた、情報を栄養として生きています。しかし、現代社会において、私たちの精神は、明らかに「情報の過食症」とでも言うべき状態に陥っています。

DAY1で認識したように、私たちは絶え間ない情報の洪水に晒されています。ニュースフィード、SNSの更新、メールの通知、動画のレコメンド。これらは、精神にとって、高カロリーで、中毒性の高いジャンクフードのようなものです。その瞬間は刺激的で満足感を与えてくれますが、長期的に見れば、私たちの集中力を蝕み、思考を浅くし、内なる静寂を破壊していきます。

今日、私たちは、身体の断食のアナロジーを用いて、精神のための「情報の断食」を始めます。これは、単に情報から距離を置くという消極的な行為ではありません。過剰な外部からの刺激を意図的に遮断することで、 飢えていた内なる声に耳を傾け、精神が本来持つ、深く澄み切った知性を回復させるための、積極的で神聖な実践なのです。

 

アテンションという有限な資源

なぜ情報の断食が必要なのでしょうか。それは、私たちの「注意(アテンション)」が、無限に湧き出る泉ではなく、極めて有限で貴重な資源だからです。そして、現代のデジタル経済、いわゆる「アテンション・エコノミー」は、この私たちの有限な注意資源を奪い合い、それを広告主に販売することで成立しています。

FacebookやGoogle、TikTokといったプラットフォームのビジネスモデルは、私たちが一日でも長く、一秒でも多く、彼らのサービス上に留まることに依存しています。そのために、世界最高峰の知性が、神経科学や心理学の知見を駆使して、私たちの注意を惹きつけ、離さないためのアルゴリズムを設計しているのです。

画面を下にスワイプすると新たなコンテンツが現れる「無限スクロール」や、他者の「いいね!」による社会的な承認欲求を刺激する仕組みは、私たちを条件反射的に行動させる、巧妙な心理的トリガーです。私たちは、自らの自由意志で情報を選んでいるつもりでも、その実、プラットフォームがデザインした軌道の上を、半ば無意識に走らされているに過ぎないのかもしれません。

この構造は、ヨガ哲学における「プラティヤハーラ(Pratyahara)」という概念の重要性を、現代的な文脈で浮き彫りにします。プラティヤハーラは「制感」と訳され、五つの感覚器官(眼、耳、鼻、舌、皮膚)が、外界の対象物へと無秩序に向かっていくのを制御し、意識を内面へと引き戻す実践を指します。情報の断食は、まさにこのプラティヤハーラを、現代のデジタル環境において実践するための、具体的な方法論なのです。感覚の扉を一時的に閉ざすことで、私たちは注意という資源の漏洩を防ぎ、それを自己の内なる探求へと振り向けることが可能になります。

 

沈黙が育むもの:深い思考と創造性

常に外部からの情報に晒されている状態では、私たちの思考は「反応モード」に固定されます。次から次へと流れてくる情報に対して、瞬間的に「いいね」を押したり、短いコメントを返したりする。この浅いレベルでの情報処理が習慣化すると、一つのテーマについて、じっくりと腰を据えて深く考える能力が衰えていきます。

哲学者のハンナ・アーレントは、思考の本質を、自己の内面で行われる「私と私自身との対話」であると述べました。この内なる対話が成立するためには、外部からのノイズが遮断された「沈黙」という空間が不可欠です。情報の断食は、この思考のための聖域を、私たちの日常の中に意図的に創り出す行為なのです。

また、創造性もまた、沈黙と余白の中から生まれます。新しいアイデアや洞察は、しばしば、何もせず、ぼーっとしているときに、ふと天啓のように訪れます。これは、脳が特定の課題に集中していない「デフォルト・モード・ネットワーク」が活性化し、記憶や知識が予期せぬ形で結びつくことによって起こると言われています。絶えずスマートフォンを眺めている状態は、この創造的な「無為の時間」を脳から奪い、新たな発想が生まれる土壌を枯渇させてしまうのです。

 

情報の断食、その具体的な処方箋

情報の断食は、あなたのライフスタイルに合わせて、様々なレベルで実践することができます。大切なのは、完璧を目指すのではなく、小さくても確実な一歩を踏み出すことです。

入門編:マイクロ・ファスティング

  • 食事中のデジタル断ち:食事をするときは、スマートフォンを別の部屋に置き、目の前の食事の味、香り、食感だけに集中します。これは、食べるという行為を瞑想に変える実践です。

  • 就寝前後の沈黙:就寝前の1時間と、起床後の1時間は、スクリーンを見ない。この時間を使って、読書やストレッチ、瞑想、あるいはただ静かに窓の外を眺めるなど、アナログな活動に身を委ねます。

  • 通知のオフ:緊急性のないアプリの通知は、すべてオフにします。情報を受け取るタイミングを、アプリの都合ではなく、自分自身の意志でコントロールするのです。

中級編:半日〜一日の断食

  • デジタル・サバス(安息日):週に一度、半日または丸一日、意図的にインターネットから離れる日を設けます。最初は退屈や不安を感じるかもしれませんが、その感情を乗り越えた先に、深い安らぎと解放感が待っています。この時間を使って、自然の中を散策したり、手を使う趣味に没頭したりするのも良いでしょう。

上級編:キュレーションという名の美食

  • 断食明けの食事が身体に優しいものであるべきなように、情報断食の後は、摂取する情報の「質」に意識を向けます。SNSのフォローやニュースレターの購読を、本当に自分の知性を豊かにし、心を穏やかにしてくれるものだけに厳選するのです。これは、情報の「消費者」から、自らの精神世界を創造する「編集者」へと移行するプロセスです。

今日の旅は、これらの処方箋の中から、今の自分にできそうなものを一つだけ選び、実行してみることから始まります。最初は、ポケットに手を入れてスマートフォンがないことに気づき、そわそわするかもしれません。その禁断症状のような感覚こそが、私たちがどれほど情報に依存していたかの証拠です。その居心地の悪さを、ただ静かに観察し、受け入れてみてください。その静寂の向こう側で、あなたの内なる声が、本当に聞きたかった物語を、語り始めるのを待っているのですから。

 

→目次:28日間の瞑想的生活【ヨガと瞑想】

 


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。