アサナで「完璧」を目指した先に待っているもの【ヨガの逆説と真実】

自己啓発

ヨガを推奨しております。
巷ではよく、「ヨガはポーズの美しさを競うものではありません」「無理をせず、自分のペースで」という言葉が囁かれます。
もちろん、それは真実です。
他人と比べて優劣をつけることや、怪我をするほど身体を痛めつけることは、ヨガの本質(アヒムサ=非暴力)に反するからです。

しかし、今日はあえて、その耳障りの良い定説に一石を投じてみたいと思います。
「一度、アサナ(ポーズ)において、徹底的に完璧を目指してみませんか?」と。
ここでの完璧とは、インスタ映えするような柔軟性のことではありません。
指先の角度、呼吸の深さ、骨盤の傾き、視線の位置。
そのすべてに意識を行き渡らせ、1ミリの妥協もなく、その瞬間の「完全」を追求しようとする態度のことです。

なぜ、手放すことを教えるヨガで、あえて「完璧」を求めるのか。
そこには、極限まで集中した人だけが辿り着ける、ある「逆説的な境地」が待っているからです。
今日は、アサナの取り組みを通じて見えてくる、エゴの崩壊と真の降伏(サレンダー)について、少し深く潜ってお話しします。

 

「なんとなく」の罠と、現代人の怠惰

現代社会はストレスに満ちています。
ですから、ヨガスタジオに来た時くらいはリラックスしたい、ゆるくやりたい、と思うのは当然の心理でしょう。
しかし、ここで一つ注意が必要です。
私たちは往々にして、「リラックス」と「怠惰(タマス)」を履き違えてしまうからです。

「まあ、こんなもんでいいか」
そう思って適当にアサナをとっている時、あなたの頭の中では何が起きているでしょうか?
おそらく、「今日の夕飯は何にしよう」「あの上司の言葉が気に食わない」といった、日常の雑念(チッタ・ヴリッティ)が相変わらずおしゃべりを続けているはずです。
身体はヨガをしていても、意識は散漫なまま。
これでは、本当の意味での休息も、変容も訪れません。

中途半端な取り組みは、中途半端な結果しか生みません。
そして、その「中途半端さ」こそが、現代人が抱える慢性的な疲労感の正体でもあるのです。
全力でやっていないから、完全な休息も訪れない。
この悪循環を断ち切るために、あえて「完璧」という名のメスを入れるのです。

 

意識のレーザービームを作る

アサナにおいて完璧を目指すとは、どういうことでしょうか。
それは、身体という宇宙の隅々まで、意識の光を届ける作業です。

例えば、戦士のポーズ(ヴィラバドラーサナ)をとるとします。
前足の踏み込み、後ろ足のエッジ、骨盤の平行、背骨の伸長、指先のエネルギー、そしてドラシュティ(視点)。
これらすべてを同時に、完璧にコントロールしようと試みます。
「あと1ミリ深く」「あと1ミリ高く」。
そうやって自分自身に問いかけ、修正し続けるプロセスは、凄まじい集中力(ダーラナ)を必要とします。

この時、何が起こるか。
脳には、もはや「今日の夕飯」や「上司の愚痴」を考えている余裕などなくなります。
完璧を目指そうとする強烈な意志が、散漫だった意識を一本のレーザービームのように収束させるのです。
それは、虫眼鏡で太陽の光を集めて紙を焦がすように、あなたの内側にある不純物を焼き払う「熱(タパス)」を生み出します。

 

「私」が消える瞬間:エゴの限界点

そして、ここからがヨガの面白いところであり、真骨頂です。
完璧を目指して、修正に修正を重ね、肉体的にも精神的にも限界ギリギリのところまで到達したとします。
筋肉は震え、呼吸は熱を帯び、集中力はピークに達する。
「もうこれ以上は無理だ」「これ以上、コントロールできない」

その極限のポイントで、ふっと、「何か」が外れる瞬間が訪れます。
「私がやっている」という感覚が消え去るのです。
それまでは、「私が」足を強く踏み、「私が」腕を伸ばし、「私が」完璧であろうとしていました。つまり、エゴ(自我)が主導権を握っていたのです。
しかし、人間の意志の力には限界があります。
完璧を求めて限界まで押し切った時、エゴは「参りました」と白旗を上げざるを得なくなります。

するとどうでしょう。
今まで必死にコントロールしようとしていた緊張がほどけ、代わりに、身体の内側から大きな力が湧き上がってきて、アサナを「支えられている」ような感覚に包まれます。
「私がポーズをとっている」のではなく、「ポーズが私を通して現れている」。
あるいは、「宇宙が私を使ってアサナをしている」。

これが、ヨガで言う「イーシュヴァラ・プラニダーナ(神への祈念・降伏)」の入り口です。
完璧を求め続けた結果、完璧になれない自分を知り、大いなる流れに身を委ねるしかなくなる。
その「降伏」の瞬間にこそ、真のヨガが発生するのです。

 

現代社会の「完璧主義」との違い

ここで、現代社会における「完璧主義」との決定的な違いを述べておかなければなりません。
社会が求める完璧主義は、「結果」に対するものです。
売上目標の達成、ミスをしてはいけない、フォロワー数を増やさなければならない。
これらは常に他者の評価を伴い、失敗への恐怖を原動力としています。だから苦しいのです。

一方、ヨガにおける完璧へのアプローチは、「プロセス」と「献身」に対するものです。
結果としてポーズが美しくなったかどうかは、実はどうでもいいことです。(ここが重要です)
大切なのは、「今、この瞬間の命の使い方として、最善を尽くしているか」という一点のみです。

結果に執着せず、行為そのものに没入すること。
『バガヴァッド・ギーター』で語られる「カルマ・ヨガ」の精神です。
アサナという行為に対して、まるで神への捧げ物を作るかのように、丁寧さと誠実さを持って完璧を目指す。
その行為の純粋さが、私たちを結果への呪縛から解放してくれます。

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スピリチュアルな視点:器を磨くということ

スピリチュアルな観点から言えば、私たちの身体は、高次のエネルギーを受け取るための「器」であり「アンテナ」です。
ラジオのチューニングを想像してみてください。
周波数が少しでもズレていれば、ノイズ混じりの音しか聞こえません。
完璧なチューニングを目指して微調整を繰り返した時、初めてクリアな音が空間に響き渡ります。

アサナでアライメント(配置)を完璧に整えようとすることは、このチューニング作業と同じです。
背骨というアンテナを真っ直ぐにし、ナーディ(エネルギーの管)の歪みを正す。
器としての身体の精度を高めようと努力した時、そこに高次のインスピレーションや、深い静寂が降りてくるスペースが生まれます。

「どうせ私なんて」と身体を雑に扱っていれば、雑なエネルギーしか入ってきません。
自分という存在を神聖な神殿として扱い、細部に神を宿らせるつもりで取り組むこと。
それが、魂の成長を促す最短のルートでもあるのです。

 

終わりに:マットの上で死に、マットの上で生まれ変わる

アサナの練習において、敢えて完璧を求めてみてください。
それは苦しい道のりかもしれません。
自分の身体の硬さ、弱さ、心の弱さと直面することになるからです。
しかし、その葛藤から逃げず、真正面から向き合い、限界までやり切った時。
その向こう側に、パラドックス(逆説)の扉が開きます。

「しなければならない」という拘束から、「ただ、在る」という自由へ。
エゴの叫びから、魂の静寂へ。
完璧を目指したからこそ手に入る、「不完全でも完全である」という絶対的な肯定感。

ただの体操で終わらせるには、ヨガはあまりにも奥深いものです。
今日のアサナが、あなたのエゴを燃やし尽くし、新しいあなたへと生まれ変わるための儀式となりますように。

完璧への情熱と、結果への無関心。

ではまた。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。