「私」とは何か:所有物が語る自己、その危うい土台

自己啓発

「はじめまして。〇〇会社の…」「〜に住んでいる…」「趣味は…です」。私たちは自己紹介の場面で、ごく自然に自分の所属や所有物、経験を並べ立てます。

それは円滑なコミュニケーションのために必要なことですが、この習慣の背後には、私たちの自己認識に関わる、ある根深い前提が横たわっています。それは、「私が何を持っているか(What I have)が、私が何者であるか(What I am)を決定する」という、暗黙の了解です。

この「所有による自己定義」は、現代社会を生きる私たちにとって、あまりにも当たり前の感覚かもしれません。学歴、職業、年収、住まい、乗っている車、身につけているブランド。それらの「持ち物」の総体が、社会における自分の座標を示し、アイデンティティの核を形成している。

しかし、この土台は、見かけよりもずっと脆く、危ういものです。もし、それらの所有物を一夜にしてすべて失ったとしたら、「私」という存在もまた、消えてなくなってしまうのでしょうか。この根源的な問いと向き合うことこそが、より深く、揺るぎない自己を発見するための旅の始まりなのです。そしてその旅は、必然的に「捨てる」という行為へと私たちを導いていきます。

 

ペルソナという仮面:所有物が築く「偽りの自己」

なぜ、私たちはこれほどまでに所有物に頼って自己を定義してしまうのでしょうか。心理学者カール・ユングは、人が社会に適応するために身につける外面的な人格を「ペルソナ(仮面)」と名付けました。職業上の役割や社会的な地位、そして私たちが選ぶ服装や持ち物は、このペルソナを形成する重要な要素です。

ペルソナは、他者と関わる上で必要不可欠なものです。しかし、問題は、私たちがその仮面を自分自身そのものだと信じ込んでしまう時に生じます。高級ブランドのバッグを持つことで、自分が高尚な人間になったかのように感じる。社会的地位の高い名刺を持つことで、自分が偉大な存在であるかのように錯覚する。これは、所有物がもたらす物語と自己を「同一化」している状態です。

この生き方は、常に他者との比較という、終わりのない競争に私たちを駆り立てます。自分より良いものを持つ人を見ては嫉妬や劣等感に苛まれ、そうでない人を見ては束の間の優越感に浸る。その心の動きは、外部の評価基準に完全に依存しており、内的な平穏とはほど遠いものです。

このような自己定義の仕方は、極めて脆弱です。経済の変動、社会の価値観の変化、あるいは単なる不運によって、昨日まで輝いて見えた所有物が、今日にはその価値を失うかもしれない。そんな不安定な砂の上に、私たちは「自己」という名の家を建てようとしているのです。

 

東洋の叡智が照らす道:本来の自己への回帰

この「所有による自己定義」という罠から抜け出すためのヒントは、古くから東洋の思想の中に示されてきました。

古代インドのウパニシャッド哲学は、「アートマン(真我)」という概念を提示します。アートマンとは、私たちの本質的な自己のことですが、それは肉体でも、思考でも、感情でも、ましてや所有物でもないと説かれます。それらはすべて移ろいゆく一時的な現象に過ぎず、真の自己(アートマン)とは、それらすべてを静かに観察している、純粋な意識そのものなのです。そして、この個の内なるアートマンは、宇宙の根源である「ブラフマン(梵)」と究極的には同一である(梵我一如)とされます。

また、中国の老荘思想、特に荘子の「胡蝶の夢」の逸話は、私たちが固執している「自己」という概念の曖昧さを見事に描き出しています。夢の中で蝶として楽しく飛んでいた自分と、夢から覚めて人間である自分。一体どちらが本当の自分なのか?この問いは、私たちが普段「私」だと思っている社会的属性や所有物が、実は夢の中の役割や小道具に過ぎないのかもしれない、という可能性を示唆します。

これらの思想が指し示しているのは、所有物によって定義される限定的で移ろいやすい「小さな自己(偽我)」から、より普遍的で揺るぎない「大きな自己(真我)」へと、アイデンティティの中心をシフトさせることの重要性です。

 

「捨てる」プロセスの必然性:超越と包含のダイナミクス

この自己の再定義のプロセスにおいて、「捨てる」という行為はなぜ不可欠なのでしょうか。意識の発達における「超越と包含(Transcend and Include)」という概念が、この問いに深い洞察を与えてくれます。

人がより成熟した意識段階へと成長する際、以前の段階を完全に否定し去るわけではありません。その段階の限界点を「超越(Transcend)」し、同時に、その段階が持っていた有益な機能は、より大きな視点の中に「包含(Include)」する、というダイナミックなプロセスを経るのです。

これを「捨てる」という文脈で捉え直してみましょう。

まず、「脱同一化」としての捨てる行為があります。これは、自分が所有物や社会的地位と「イコールである」という思い込みを手放す(捨てる)ことです。「私はこの家ではない」「私はこの役職ではない」と、自分と所有物の間に意識的な距離を置く。これが、以前の自己定義からの「超越」です。

次に、それらの所有物や地位を、自己そのものではなく、人生を生きる上での便利な「道具」や、社会における一時的な「役割」として客観的に捉え直します。それらに振り回されるのではなく、自分が主体となってそれらを使いこなすという関係性を築き直す。これが、それらの機能の「包含」です。

この「超越と包含」のプロセスを真剣に実践していくと、結果として、多くのものが物理的に「捨てられる」ことになります。なぜなら、それらがもはや自己のアイデンティティを支えるという幻想の機能を果たしておらず、むしろ自分の時間やエネルギーを奪うだけの「重荷」になっていることが、痛いほど明確にわかるからです。この段階に至って初めて、私たちは本当に必要なものだけを、感謝とともに「包含」し、不要なものを、執着なく「捨てる」ことができるようになります。

 

空(くう)なる自己との出会い

この「捨てる」旅は、物理的なモノの整理から始まります。しかし、それはやがて、目に見えない観念や執着を手放すプロセスへと深化していきます。「〜であるべきだ」という社会通念、「〜すれば幸せになれる」という未来への期待、そして過去の成功体験や失敗の記憶。これらもまた、私たちが知らず知らずのうちに「所有」してしまっている、精神的なガラクタなのです。

そして、捨てて、捨てて、捨て続けていく。その果てに、何が残るのでしょうか。そこにあるのは、空虚な「無」ではありません。それは、あらゆる定義やレッテルから解放された、ただ純粋に「在る」という感覚。仏教が「空(くう)」と呼び、ヨガ哲学が「プルシャ(純粋意識)」と呼ぶ、何ものにも依存しない、本来の自己の姿です。

所有によって自己を定義する生き方からの脱却は、何かを失う悲しいプロセスではありません。それは、幾重にも着込んだ窮屈な鎧を一枚一枚脱ぎ捨てて、本来の、より広大で自由な自己に還っていく、歓喜に満ちた旅なのです。その旅は、「捨てる」という痛みを伴う勇気ある一歩から始まります。しかし、その先に待っているのは、何ものにも脅かされることのない、静かで満ち足りた、真の自由なのです。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。