古来、日本では「言霊(ことだま)」という思想が根付いてきました。言葉には霊的な力が宿っており、口に出した言葉通りの事象が現実にもたらされる、という信仰です。これは単なる迷信ではなく、言葉が私たちの意識、そして現実をいかに深く形作るかについての、深い洞察に基づいています。ヨガの世界における「マントラ」もまた、特定の音の響き(言葉)が心とエネルギー体に作用し、意識を変容させるという、同じ叡智の系譜に連なるものです。現代の自己啓発で語られる「アファメーション(肯定的自己宣言)」は、この古代からの叡智を、誰もが実践できる形に落とし込んだ、現代版の言霊・マントラと言えるでしょう。
しかし、多くの人がアファメーションを試みても、期待した効果を得られないのはなぜでしょうか。「私は豊かだ、私は豊かだ」と何度も唱えても、心の奥底で「でも、実際は月末の支払いが苦しい…」という声が響いていては、その効果は打ち消されてしまいます。それはまるで、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなもの。言葉の力、アファメーションを真に効果的なものにするためには、いくつかの秘訣、あるいは「作法」とも言うべきものがあります。
第一に、**「“私”という主語を明確に意識すること」**です。「豊かになりますように」という他人事のような祈りではなく、「私は豊かである」と、はっきりと宣言します。この「私」は、日々の出来事に一喜一憂する表層的な自我(エゴ)ではありません。ヨガが指し示す、より根源的で、本来は完全で満たされている真の自己(アートマン)の視点に立つことです。この本来の「私」の立場から宣言する時、言葉は力強さを増します。
第二に、「現在形、あるいは現在完了形で語ること」。これは次の項目で詳しく述べますが、言葉を未来の願望ではなく、すでに実現した事実として語ることで、潜在意識に「これが今の現実なのだ」とインプットするのです。
第三に、「感情というエネルギーを乗せること」。これもまた、後の項目で詳述しますが、言葉だけでは力不足です。その言葉が指し示す状態が実現した時の「嬉しい」「安心する」「満たされている」といったポジティブな感情を、ありありと感じながら唱えることで、言葉は単なる記号から、生きたエネルギーへと変わります。思考(言葉)と感情(エネルギー)が一致した時、創造の力は最大限に発揮されます。
第四に、「抵抗のない言葉を選ぶこと」。もし「私は億万長者だ」という言葉に、あなたの心が強い抵抗や「嘘だ」という感覚を覚えるなら、そのアファメーションは逆効果になりかねません。その場合は、より抵抗の少ない、信じられる言葉から始めるのが賢明です。「私は、豊かさの流れを信頼している」「私は、日々、豊かさを受け取る機会に恵まれている」「私は、お金と健全でポジティブな関係を築いている」。このように、少しずつ心の抵抗が少ない言葉を選び、それが心地よく感じられるようになったら、次のステップに進むのです。これは、いきなり180度の開脚を目指すのではなく、少しずつ身体を慣らしていくストレッチと全く同じ原理です。
第五に、**「繰り返しと継続」**です。私たちの心には、長年の思考習慣によってできた、深い轍(わだち)のような神経回路があります。ネガティブな自己認識は、この古い轍です。アファメーションは、この古い轍の隣に、ポジティブな新しい轍を意識的に掘り続ける行為です。一度や二度で効果が出なくても、諦める必要はありません。静かな朝の時間、通勤の途中、眠りにつく前など、日々の習慣として、愛情を込めて新しい言葉の種を蒔き続けるのです。やがて、新しい轍は古いの轍よりも深く、通りやすい道となり、あなたの無意識の思考パターンそのものが変容していくでしょう。
言葉は、あなたが住む世界を構築するための、最も身近で、最も強力な道具です。その力を理解し、敬意をもって、そして愛情を込めて使うこと。それが、アファメーションを単なる気休めから、現実を創造する魔法の杖へと変える、究極の秘訣なのです。


