29.シャヴァーサナ(屍のポーズ) – 完全なる降伏と再生の技術

ヨガのクラスは通常、ダイナミックな動きや挑戦的なポーズで熱を帯び、クライマックスを迎えます。しかし、その熱狂が静まった後、必ず訪れる時間があります。それは、ただ床に仰向けになり、目を閉じ、全身の力を抜くだけのポーズ、「シャヴァーサナ」。サンスクリット語で「屍のポーズ」と名付けられたこの時間は、一見すると単なる休憩やクールダウンのように思えるかもしれません。しかし、多くの熟練したヨギ(ヨガをする人)たちは、このシャヴァーサナこそが最も難しく、そして最も重要なポーズであると口を揃えます。なぜなら、それは「何もしない」という、現代人にとって最も困難な行為を通して、完全なる降伏と、そこから生まれる真の再生を体験するための、深遠な技術だからです。

なぜ「屍」という、少し不穏な名前がついているのでしょうか。それは、このポーズが私たちに「小さな死」を擬似的に体験させるからです。まず肉体的には、私たちは意識的に全身の力を抜き、身体の重みを完全に大地に委ねます。筋肉の緊張を手放し、重力に抵抗することをやめる。その姿は、まるで命の活動を終えた屍のようです。

しかし、より重要なのは、精神的なレベルでの「死」です。私たちは日々、「何かをしなければならない」「もっと良くならなければならない」「物事をコントロールしなければならない」という、自我(エゴ)の声に突き動かされて生きています。シャヴァーサナは、この「何かをしよう」とする意志そのものを、一時的に手放す(死なせる)練習なのです。「私」という、普段は世界の中心にいるはずの行為主体が、その役割を降りる時間。この、自我の働きが静まった状態こそが、ヨガが目指す究極の境地への入り口となります。

この「完全なる降伏(サレンダー)」は、決して諦めや敗北ではありません。それは、自分一人の力で人生をコントロールしようとする傲慢さを手放し、自分を超えた大いなる流れ、宇宙の采配にすべてを委ねるという、絶対的な信頼の表明です。これは、ヨガの八支則における「イーシュワラ・プラニダーナ(自在神への献身)」の、最も純粋な実践形態と言えるでしょう。身体の力を抜き、呼吸のコントロールを手放し、次々と浮かぶ思考をただ雲のように眺めては過ぎ去らせる。そのプロセスを通して、私たちは日々の鎧を一枚一枚脱ぎ捨てていくのです。

そして、この「小さな死」の後には、必ず「再生」が訪れます。シャヴァーサナにおける深いリラクゼーションの中で、私たちの自律神経は、緊張モードの交感神経から、休息と修復モードの副交感神経へと優位性が切り替わります。心拍数と血圧は下がり、身体が本来持つ自然治癒力が高まります。脳波は、リラックスした集中状態を示すアルファ波から、さらに深い瞑想状態であるシータ波へと移行し、潜在意識の扉が開かれると言われています。これまでのアーサナの練習で得られた身体的・エネルギー的な変化は、この深い静寂の中で、ようやく私たちの心身の隅々にまで浸透し、統合されるのです。シャヴァーサナを終えてゆっくりと起き上がった時の、あの何とも言えない新鮮な感覚。それは、文字通り、心と身体が生まれ変わった証拠なのです。

引き寄せの法則を実践する上で、多くの人がつまずくのが、「意図(願い)を放った後、その結果への執着を手放し、宇宙に委ねる」というステップです。シャヴァーサナは、この「委ねる」という感覚を、理屈ではなく、身体で学ぶための最高のトレーニングです。エゴの抵抗が静まり、完全に宇宙に開かれたシャヴァーサナの状態は、私たちがインスピレーションやシンクロニシティという形で送られてくる宇宙からのガイダンスを受け取るための、最もクリアな受信状態とも言えます。

シャヴァーサナは、ヨガの練習の「おまけ」や「終わり」ではありません。それは、すべての努力と行為の後に訪れる、究極の目的地です。私たちが日々溜め込んだ緊張、役割、そして「私」という物語すらも脱ぎ捨て、本来の純粋で安らかな存在へと還るための、神聖な帰郷の儀式。この完全なる降伏の静寂の中にこそ、真の力と平和、そして新たなる一日を創造するための、無限のエネルギーが待っているのです。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。