木のポーズ(ヴリクシャーサナ)で片足立ちになった瞬間、身体がグラグラと揺れ始める。なんとか倒れまいと足先に力が入り、呼吸は浅くなり、意識は揺れる自分自身に囚われて、さらに揺れは大きくなる。この経験は、ヨガを始めたばかりの多くの人が体験することでしょう。しかし、この身体の揺れは、単なる体幹の弱さやバランス感覚の欠如だけを意味するのではありません。それは、私たちの「心の揺れ」が、鏡のように身体に映し出された姿なのです。バランスポーズは、物理的な軸を見つけると同時に、人生の嵐の中でも揺らぐことのない「心の中心軸」を見つけるための、絶好の稽古場となります。
バランスポーズとは、木のポーズや鷲のポーズ(ガルーダーサナ)、戦士のポーズ3(ヴィーラバッドラーサナ3)に代表される、身体を支える面積(支持基底面)が極端に狭く、安定を保つことが難しいアーサナ群を指します。これらのポーズが教えてくれる最も根源的な真理は、心と身体の分かちがたい相関関係です。心に焦りや不安があれば、身体は即座に不安定になります。逆に、身体のバランスを意識的に取ろうと集中する時、私たちの心は自然と静まり、思考の雑念が消えていきます。これは、身体的なアプローチを通して心に働きかけるという、ヨガの叡智の神髄を体現しています。
では、私たちが探すべき「中心」とは、一体何なのでしょうか。それは二つのレベルで考えることができます。一つは、へその下数センチ奥にあるとされる「丹田」に象徴される、物理的な身体の重心です。ここに意識を置くことで、身体はどっしりと安定します。もう一つは、より深いレベルでの「精神的な中心」です。それは、外側で起こる出来事、他人の言葉や評価、そして次々と湧き起こる自分自身の感情にさえも揺さぶられない、静かで穏やかな内なる核。これは、すべてを冷静に観察する「観察者としての私」とも言い換えられるでしょう。
バランスポーズを安定させるためには、いくつかの具体的な秘訣があります。それは、そのまま人生を安定させるための秘訣にも通じます。
第一に、「グラウンディング」。支えている方の足の裏全体で、大地を力強く、しかし優しく踏みしめます。まるで足の裏から根が生え、地球の中心まで伸びていくようなイメージです。この大地との確かな繋がりが、あらゆる安定の基礎となります。
第二に、「一点集中(ドリシュティ)」。目線を、目の前にある動かない一点に定めます。壁のシミでも、床の模様でも何でも構いません。視線が定まると、驚くほど心も身体も安定します。逆に、視線がさまようと、途端にバランスは崩れます。これは、人生において自分の目標やビジョンを明確に定めることの重要性を教えてくれます。
第三に、「穏やかな呼吸」。バランスを崩しそうになると、私たちは無意識に呼吸を止めてしまいます。しかし、安定をもたらすのは、細く、長く、穏やかな呼吸です。どんな状況でも、まず呼吸に立ち返ること。
そして最後に、「揺れを受け入れること」。完璧に静止しようと力む必要はありません。むしろ、身体の微細な揺れを許し、その揺れと対話しながら、しなやかにバランスを調整し続けるのです。人生もまた、予期せぬ出来事の連続です。変化の波に抵抗するのではなく、それを受け入れ、乗りこなしていくしなやかさこそが、真の強さなのです。
引き寄せの観点では、この「中心」が定まっている状態が極めて重要です。心が定まっていれば、私たちは自分の真の望みにエネルギーを集中させることができます。心が散漫では、エネルギーも分散し、何も形になりません。バランスポーズをやり遂げたという小さな成功体験は、「私は困難な状況でも、自分の中心を保ち、安定していられる」という強力な自己信頼を、潜在意識の深いレベルに刷り込んでくれるのです。
内田樹氏が語る武道の「稽古」のように、バランスポーズは失敗を恐れず、何度も繰り返すことが大切です。倒れることを恥じる必要はありません。倒れて、また静かに立ち上がる。そのプロセス自体が、あなたの心の強さと回復力(レジリエンス)を育んでいくのです。
バランスポーズは、予測不可能な人生という舞台で、自分自身の中心を見つけ、優雅に踊り続けるためのリハーサルです。揺れてもいい。大切なのは、何度でも静かに立ち上がり、自分の穏やかな中心へと還ってくる、そのしなやかな強さを育むことなのです。


