瞑想とは「深刻さ」という病からのリハビリテーション。人生を遊び場に変えるヨガの叡智

自己啓発

瞑想を推奨しております。
それは、瞑想が私たちを「深刻さ」という重たい病から解放してくれる、唯一無二の特効薬だからです。

私たちは今、あまりにも深刻に生きすぎています。
仕事のミス、人間関係の摩擦、将来への不安、健康への懸念。
まるで、少しでも気を抜いたら世界が崩壊してしまうかのように、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばり、全身を強張らせて生きています。

しかし、ヨガの長い歴史と深淵な哲学から見れば、その深刻さこそが、私たちの魂を最も苦しめる「無知(アヴィディヤー)」の現れなのです。
今日は、瞑想という営みを通じて、いかにして私たちがこの「深刻さ」の檻から抜け出し、本来の軽やかで遊び心に満ちた生を取り戻せるのかについて、全方位的に紐解いていきたいと思います。

 

現代社会を覆う「深刻さ」という名の霧

現代社会は、私たちに「深刻であること」を強要する構造を持っています。
ニュースを見れば、危機や対立、悲劇ばかりが報じられます。
教育やビジネスの場では、「責任感を持て」「危機感を持て」「失敗は許されない」という言葉が呪文のように繰り返されます。

「深刻に悩んでいる人=誠実な人」
「楽観的に楽しんでいる人=不真面目な人」

いつの間にか、そんな奇妙な図式が私たちの潜在意識に刷り込まれてしまってはいないでしょうか。
しかし、この過剰な深刻さは、私たちの生命エネルギー(プラーナ)を著しく消耗させます。
常に交感神経が優位になり、呼吸は浅くなり、視野は狭くなります。
皮肉なことに、深刻になればなるほど、柔軟な発想や創造的な解決策からは遠ざかり、事態はますます悪化していくのです。
これは「努力逆転の法則」とも呼ばれます。泥沼でもがけばもがくほど、深く沈んでいくようなものです。

 

瞑想:人生という舞台を「観客席」から眺める

瞑想とは、この深刻なドラマが上演されている舞台から、そっと降りて「観客席」に座る行為です。

目を閉じ、静かに座るとき、私たちは日常の役割(ペルソナ)を脱ぎ捨てます。
会社員である私、親である私、誰かのパートナーである私。
そして、それらの役割に付随する「こうでなければならない」という重圧からも、一時的に離脱します。

瞑想の中で、様々な思考や感情が湧き上がってくるでしょう。
「あのメールの返信をしなきゃ」「老後のお金はどうしよう」「あの人のあの一言が許せない」
これらはすべて、エゴ(自我)が作り出した深刻なドラマの脚本です。

しかし、瞑想者であるあなたは、その脚本に巻き込まれません。
ただ、「ああ、いま不安というドラマが流れているな」「怒りというシーンが始まったな」と、スクリーンを眺めるように観察(サクシ・バーヴァ)するのです。
これを続けていくと、ある重大な真実に気づきます。

「ドラマは流れているけれど、それを観ている『私(意識)』自身は、傷ついてもいないし、焦ってもいない」

この気づきこそが、自由への扉です。
映画館で悲劇の映画を観ていても、観客であるあなたが実際に不幸になるわけではないのと同じです。
瞑想は、私たちを人生という映画の「主人公」から「観客(目撃者)」へとシフトさせます。
すると、あれほど重大で深刻だと思っていた問題が、急に色あせて、ただの「現象」に見えてくるのです。

 

「リーラ(神の遊び)」として人生を捉え直す

ヨガの哲学には、この世界を「リーラ(Lila)」と呼ぶ美しい概念があります。
リーラとは、サンスクリット語で「遊び」や「遊戯」を意味します。

古代の賢者たちは、この宇宙全体を「神(ブラフマン)が見ている壮大な夢」あるいは「神の遊び場」だと捉えました。
つまり、私たちの人生で起こるあらゆる出来事――成功も失敗も、出会いも別れも、喜びも悲しみも――は、深刻な刑罰や試練ではなく、魂が体験するための「遊び」だというのです。

もし、人生が遊びだとしたらどうでしょうか?
遊びに「失敗」はありません。
積み木が崩れたら、また積めばいいだけです。
ゲームオーバーになったら、コンティニューすればいいだけです。
そこに悲壮感や自己否定が入る余地はありません。

瞑想を通して意識が拡大していくと、私たちはこの「リーラ」の感覚を肌で感じるようになります。
「生きる」ということが、深刻なタスクの連続ではなく、驚きと発見に満ちたダンスのように感じられてくるのです。
「まあ、なんとかなるだろう」「起こることはすべて完璧なタイミングで起きている」
そんな根拠のない、しかし絶対的な信頼感が、お腹の底から湧いてきます。
これをスピリチュアルな言葉では「委ねる(サレンダー)」と言います。

 

深刻さはエゴの防衛反応である

なぜ、私たちはこれほどまでに深刻さを手放せないのでしょうか。
それは、エゴ(自我)が深刻さを好むからです。
エゴとは、「自分は個別の存在であり、自分で自分を守らなければならない」という思い込みの塊です。

エゴにとって、物事を深刻に捉えることは、自分の存在意義を主張する手段でもあります。
「私はこんなに大変な問題を抱えている」「私はこんなに苦労している」
そうやって悲劇のヒロインになることで、エゴは「私」という輪郭を強化し、他者からの同情や承認を得ようとします。

また、深刻さは「コントロール欲求」の裏返しでもあります。
「私がしっかり考えないと」「私が管理しないと」
しかし、ヨガを深めていくと、私たちがコントロールできることなど、実はほとんどないことに気づきます。
心臓の鼓動も、天候も、他人の気持ちも、明日の出来事も、私たちの小さな意志を超えた大きな流れ(大いなる力)によって動かされています。

瞑想は、この小さな「私(エゴ)」のグリップを緩める練習です。
コントロールしようと握りしめていた手を、ぱっと開いてみる。
「どうにでもなれ」という投げやりな態度ではなく、「どうなっても大丈夫」という大いなる肯定。
その時、私たちは深刻さという重い鎧を脱ぎ捨て、裸の魂として軽やかに呼吸することができるのです。

 

すべては幻想(マーヤー)であるという究極の救い

さらに深く踏み込むならば、ヨガ哲学は「この現実は幻想(マーヤー)である」と説きます。
これは「現実には意味がない」という虚無主義ではありません。
「物事は、あなたが見ている通りには存在していない」という意味です。

私たちが「深刻な問題」だと思っているものは、実は私たちの色眼鏡(心のフィルター)が作り出した影絵に過ぎません。
同じ出来事が起きても、ある人にとっては「絶望」であり、別の人にとっては「チャンス」であり、また別の人にとっては「ただの出来事」です。
現実は常にニュートラルであり、そこに「深刻さ」という色を塗っているのは、他ならぬ私たち自身の心なのです。

瞑想によって心が静まり、フィルターが透明になっていくと、物事の「ありのまま」の姿が見えてきます。
すると、かつて怪物に見えていた影が、ただの枯れ木だったと気づくように、悩みの正体が消えてなくなってしまうことがあります。
問題が解決したから悩みがなくなるのではありません。
「問題」という認識自体が幻想だったと気づくことで、苦しみが消滅するのです。
これが、ヨガがもたらす究極の癒やし(ヒーリング)です。

 

終わりに:深刻にならず、真剣に生きる

最後に、誤解のないように付け加えておきますが、深刻さを手放すことは、ふざけて生きることや、無責任になることではありません。
「深刻(シリアス)」であることと、「真剣(シンスィア)」であることは違います。

深刻な人は、結果を恐れ、過去を悔やみ、心が今ここにありません。重苦しいエネルギーを纏っています。
真剣な人は、結果に執着せず、ただ「今、ここ」の行為に全精力を注ぎます。軽やかで、澄んだエネルギーを放っています。

子供が遊びに夢中になっている姿を想像してください。
彼らは極めて真剣ですが、決して深刻ではありません。
全力で砂山を作り、波にさらわれたら大笑いして、また作り始めます。
その姿こそが、ヨガが目指す「生きる達人」の姿です。

瞑想の時間は、あなたがその子供のような心を取り戻すための聖なる時間です。
マットの上で、あるいは縁側で座るとき、どうか眉間の力を抜いてください。
そして、口角を数ミリだけ上げてみてください(アルカイックスマイル)。
それだけで、脳内の神経伝達物質が変わり、世界の見え方が変わります。

世界は深刻な場所ではありません。
ここは、魂が喜びを体験するために用意された、光と音の美しい遊び場なのですから。
そのことを思い出すために、私たちは今日も静かに座るのです。

ではまた。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。