先延ばし癖を克服するヨガ哲学。やろうと思っていたことを「とっととやる」知恵

365days

「以前からやろう、やろうと思っているのに、どうしても腰が重くて進まない」

そのような未完了のタスクを、誰しもいくつか抱えているのではないでしょうか。部屋の片付け、溜まった連絡への返信、あるいは新しい挑戦など、内容は人それぞれです。

「いつかやろう」という思いは、私たちの心の中で静かに、しかし確実にエネルギーを消費し続けるものです。ヨガ哲学者として、そしてミニマリストの視点から言えば、この状態は「精神のスペース」を著しく圧迫していると言わざるを得ません。今回は、引きずっている課題を「とっととやる」ための、心と身体の整え方を紐解いていきましょう。

 

「やろう、やろう」が脳を消耗させるメカニズム

私たちは、何かを「先延ばし」にしているとき、そのことについて考えていないようでいて、実は脳のバックグラウンドで常に処理を続けています。パソコンのタブを大量に開いたままにしておくと、動作が重くなる現象に似ているでしょう。

「あれをやらなければ」という微細なノイズが、あなたの脳のメモリをじわじわと占有しているのです。この状態は、ヨガの根本思想において「チッタ・ヴリッティ(心の波立ち)」を引き起こす直接的な原因となります。頭の中で左脳的なおしゃべりが休むことなく繰り返され、今この瞬間の静寂を味わう余裕が奪われてしまうからです。

何かを先延ばしにすることは、単に行動を遅らせるだけでなく、精神的な疲労を自ら作り出している行為に等しいと言えます。

 

東洋思想が教える、行動を阻む「怠惰」と「焦り」の正体

ヨガ哲学やインドの古来の智恵では、すべての物質や精神の働きに「グナ(性質)」と呼ばれる3つのバランスを認めました。グナには、光や調和を表す「サットヴァ」、激しいエネルギーや動揺を表す「ラジャス」、そして停滞や怠惰を表す「タマス」の3つが存在します。

先延ばし癖、すなわち「やろうと思っているのに動けない」状態は、まさにタマスの停滞エネルギーに支配されている状態と言えるでしょう。そこへ「早くやらなければ」というラジャスの焦りが加わると、頭の中は大混乱に陥ってしまいます。

「やらなければいけない(ラジャス)」と「動きたくない(タマス)」の板挟みになり、何もしていないのに疲れてしまうのはこのためです。

この葛藤を終わらせるには、私たちの心と体を調和の取れた「サットヴァ」の状態へと引き上げねばなりません。サットヴァの状態とは、余計な思考のノイズが消え去り、今ここにある現実に対して純粋な行動を起こせる極めてクリアな精神を意味する言葉です。

 

「やるか、捨てるか」を決める精神のミニマリズム

「とっととやる」ための最もシンプルな方法の一つは、そのタスクを「本当にやるのか、それともやめるのか」をいま決断することにあります。私たちはよく、「いつかやるリスト」の中に、本当はやりたくないことを放置しがちです。

「いつか英語を勉強しよう」「いつかあの本を読もう」と思いながら、数ヶ月が経過しているのであれば、いっそのこと「今はやらない」と決めてリストから削除してみてはいかがでしょうか。やるかやらないかのグレーゾーンに居続けることこそが、最もあなたの精神的エネルギーを浪費しているからです。

ヨガには「サントーシャ(足るを知る)」という重要な教えが存在します。これは、今の自分に必要なものはすでに満ち足りていることを理解する知恵と言えるでしょう。無理にタスクを増やして自分を飾るのをやめ、本当に大切なことだけに意識を絞り込むことが、心のミニマリズムを達成する秘訣なのです。

 

身体を「ユルユル」に解きほぐし、行動の摩擦をなくす

頭であれこれと考えを巡らせているとき、私たちの肉体は高確率でガチガチに緊張しているものです。特に、首や肩に力が入り、呼吸が浅くなっている状態では、行動を起こすためのエネルギーが体内をスムーズに循環しません。

ですから、「とっととやる」ためには、まず身体の緊張を「ユルユル」に緩めるアプローチが極めて有効でしょう。身体がほぐれて呼吸が深くなると、脳の過剰な興奮が静まり、自然と今この瞬間に意識が落ち着きます。

EngawaYogaでは、ポーズの練習や身体をゆるめるワークを通じて、この「身体感覚へのアプローチ」を何よりも大切に扱ってきました。頭の中の「おしゃべり」に耳を傾けるのをやめ、ただ足の裏の感覚や呼吸の温かさに意識を戻すこと。それだけで、行動を起こすことに対する「面倒くさい」という心理的摩擦は、驚くほど軽減されるのです。

 

余計な思考を挟まず、ただ動くための「SIQAN」の応用

「やろうやろう」と思いながら動けない最大の理由は、行動の直前に「なぜ今できないのか」という言い訳を脳内のおしゃべりが自動的に作り出しているからに他ならないのです。この言い訳の隙を与えないために、ただ何も考えずに動き始める技術が求められます。

私たちが日々提案している「SIQAN(シカン)」という瞑想は、ただ静かにそこに座る実践です。この「ただ座る」というマインドセットを、そのまま「ただ行動する」ことに応用してみてください。

机の上に散らばった書類を片付けるなら、「片付けよう」と考える前に関節を動かし、書類に手を伸ばしてしまいます。メールを返すなら、返信ボタンを押し、最初の1文字をただ打ち込み始めるのです。行動の結果がどうなるかを心配する自我(エゴ)の働きを完全にスルーして、ただ目の前の作業に没頭すること。このプロセスを通じて、私たちは無意識のうちに「集合的無意識の大掃除」を行い、心の中に心地よい余白を創り出していると言えます。

 

おわりに:未完了の荷物を降ろして、圧倒的な軽やかさを生きる

「やろう、やろう」と思いながら放置されている事柄は、私たちが背負い続けている見えない荷物のようなものです。とっとと行動してそのタスクを終わらせるか、あるいは「今はやらない」と決めて潔く手放すこと。そのどちらかを選択した瞬間、あなたの精神には信じられないほどの軽やかさと静寂が戻ってきます。

都会の喧騒の中で、余計な思考にエネルギーを奪われることなく、あるがままに今この瞬間を生きること。そのためにも、まずは目の前にある小さな「やろう」を、今すぐに片付けてみてはいかがでしょうか。驚くほどクリアになったその視界の先に、あなただけの豊かな時間が広がっていることを信じています。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。