「呼吸が浅い」と感じることはありませんか?
ふとした瞬間に、息が詰まっているような感覚や、空気が肺の半分までしか入ってこないような苦しさを覚える。
もしそう感じているのなら、それはあなた自身の身体が、小さな悲鳴を上げているサインかもしれません。
現代社会において、呼吸が浅くなるのは、ある意味で「正常な反応」とも言えます。
これほどまでに情報が溢れ、常に何かに追われている環境下では、身体はずっと戦闘態勢をとらざるを得ないからです。
しかし、そのまま放置しておくと、心と身体のバランスは少しずつ、しかし確実に崩れていきます。
今日は、なぜ私たちは呼吸が浅くなってしまうのかについて。
もくじ.
現代社会という「戦場」と呼吸の関係
まず、ご自身を責めないでください。
呼吸が浅いのは、あなたの能力が低いからでも、意志が弱いからでもありません。
私たちが身を置くこの現代社会が、そもそも「呼吸を浅くさせる構造」になっているからです。
私たちは朝起きた瞬間から夜眠る直前まで、膨大な情報の波にさらされています。
スマホの通知、SNSのタイムライン、仕事のメール、ニュースの洪水。
これらはすべて、脳にとっては「処理すべき刺激」です。
次から次へと飛んでくるボールを打ち返すかのように、脳は常にフル回転しています。
生物学的に言えば、これは常に「交感神経」が優位になっている状態です。
太古の昔、人間が交感神経を働かせるのは、猛獣に出くわした時のような「命の危険」がある時だけでした。
戦うか、逃げるか。その瞬発力を出すために、呼吸は浅く、速くなります。
現代の猛獣はライオンではなく、「締め切り」や「既読スルー」や「将来への不安」に姿を変えました。
姿は見えませんが、脳はそれを脅威とみなし、身体をこわばらせ、呼吸を浅くして身を守ろうとしているのです。
つまり、呼吸が浅いのは、あなたがこの過酷な環境で生き抜こうと頑張っている証拠でもあるのです。
「姿勢」と「スマホ首」が肺を檻に閉じ込める
物理的な側面にも目を向けてみましょう。
呼吸をするのは肺ですが、肺自体には筋肉がありません。
肺の周りにある「横隔膜」や「肋間筋」といった筋肉が動くことで、ポンプのように空気を出し入れしています。
しかし、現代人の多くは、一日の大半をスマホやパソコンの前で過ごします。
顔を前に突き出し、肩を内側に巻き込み、背中を丸める姿勢。
いわゆる「猫背」や「スマホ首」の状態です。
この姿勢が続くと、胸郭(肋骨の鳥かご)が物理的に潰されてしまいます。
鳥かごがひしゃげてしまったら、中の鳥(肺)は翼を広げることができません。
さらに、ずっと同じ姿勢でいることで横隔膜も硬くなり、上下運動ができなくなります。
これでは、いくら深呼吸をしようとしても、物理的に空気が入るスペースがないのです。
まずは、この物理的な「檻」から肺を解放してあげることが必要になります。
ヨガの視点:呼吸(プラーナ)と心の密接な関係
ヨガの哲学において、呼吸は単なるガス交換ではありません。
それは「プラーナ(生命エネルギー)」を取り込む神聖な行為です。
古い経典『ハタ・ヨガ・プラディーピカ』には、こう記されています。
「呼吸が動けば、心も動く。呼吸が静まれば、心も静まる」
呼吸と心は、糸で繋がれた操り人形のような関係です。
心が不安や恐怖で乱れている時、呼吸は必ず浅く、不規則になります。
逆に言えば、呼吸を整えることでしか、心をコントロールすることはできないのです。
呼吸が浅いということは、プラーナの摂取量が減っている状態、いわば「エネルギー不足」の状態です。
スマホの充電が常に20%しかないようなものでしょうか。
それでは、本来のパフォーマンスを発揮することも、人生を創造的に楽しむことも難しくなってしまいます。
イライラしやすかったり、落ち込みやすかったりするのは、性格のせいではなく、単にプラーナが足りていないだけかもしれません。
スピリチュアルな原因:「信頼」と「受け取り」の欠如
ここから少し、深い話をしましょう。
スピリチュアルな観点から見ると、呼吸の浅さは「人生への不信感」を表していることがあります。
呼吸の「吸う」行為は、「受け取ること(Receiving)」を象徴します。
世界を信頼し、必要なものは与えられると信じている人は、たっぷりと息を吸い込むことができます。
しかし、「自分で何とかしなければ」「誰も助けてくれない」「未来が怖い」という恐れを抱えていると、無意識に吸う息を制限してしまいます。
未知の空気を体内に入れることを拒絶しているのです。
一方、「吐く」行為は、「手放すこと(Letting go)」を象徴します。
執着、過去、エゴ、コントロール。
これらを手放すのが怖い人は、息を完全に吐ききることができません。
自分の中に溜め込んだものを守ろうとして、息を止めてしまうのです。
呼吸が浅いということは、世界からのギフトを受け取ることを拒み、同時に、自分の中の不要なものを手放すことも恐れている。
そんな、頑なな心の現れかもしれません。
「宇宙にお任せする」という委ねる感覚(イシュワラ・プラニダーナ)が薄れている時、私たちは呼吸を忘れるのです。
改善へのアプローチ:吸おうとせず、まずは「吐く」こと
では、どうすれば深い呼吸を取り戻せるのでしょうか。
多くの人がやりがちな間違いが、「一生懸命、深呼吸しようとする」ことです。
「吸わなきゃ、吸わなきゃ」と頑張って息を吸おうとする。
これは逆効果です。
すでにパンパンに詰まった部屋に、無理やり荷物を押し込むようなものです。
ヨガの鉄則は、「まず、出すこと」です。
呼吸の「呼」は「吐く」、「吸」は「吸う」。
文字通り、吐くのが先なのです。
徹底的に息を吐き出してみてください。
お腹がペチャンコになるまで、体の中の古い空気をすべて絞り出すように。
もうこれ以上吐けない、というところまで吐ききると、どうなるでしょうか?
身体は自然と、反動で空気を吸い込みます。
真空になったスペースに、新しい空気が勝手に流れ込んでくる。
これが自然な呼吸です。
自分(エゴ)の力で吸おうとするのではなく、空っぽにすることで、自然(大いなる力)が入ってくるのを待つのです。
これは人生の哲学とも通じます。
何かを得ようと必死になる前に、まずは手放す。空きスペースを作る。
そうすれば、必要なものは向こうからやってきます。
具体的な実践:日常でできる「呼吸の処方箋」
最後に、日常でできる具体的なアクションをお伝えします。
・ため息をつく
「ため息をつくと幸せが逃げる」と言われますが、ヨガ的には逆です。
ため息は、身体が自律的に行おうとする最高の浄化作用です。
「はぁ〜」と声に出しても構いません。重荷を下ろすように、大きく息を吐いてください。
それが深い呼吸への第一歩です。
・スマホを手放す時間を持つ
1日の中で数分でも構いません。デジタルデバイスから離れ、遠くの景色を見る時間を持ってください。
情報のインプットを止めることで、脳の過活動が静まり、交感神経のスイッチがオフになります。
その時初めて、横隔膜は緩み始めます。
・肋骨を撫でる、叩く
物理的に硬くなった胸郭を緩めます。
肋骨の間や、鎖骨の下あたりを、手で優しくさすったり、トントンと軽く叩いたりしてみてください。
「ここに空気を入れていいんだよ」と身体に教えてあげるようなイメージです。
・シャヴァーサナ(屍のポーズ)
仰向けになり、大の字になって、地球にすべてを委ねる。
背中が床に沈んでいく感覚を味わってください。
背面の緊張が解けると、呼吸は自然と深くなります。
終わりに:呼吸は「今、ここ」へのアンカー
呼吸が浅くなっていることに気づいたら、それを「悪いこと」だとジャッジしないでください。
「ああ、今、私は頑張りすぎているんだな」「少し怖がっているんだな」と、優しく気づいてあげるだけで十分です。
その気づきがあれば、呼吸は自然と深まろうとします。
呼吸は、常に「今、ここ」で行われています。
過去に呼吸をすることも、未来に呼吸をすることもできません。
深い呼吸に戻るということは、思考が作り出した過去や未来の迷宮から抜け出し、確かな「現在」に戻ってくるということです。
どうぞ、焦らず、ゆっくりと。
まずはひと息、丁寧に吐き出すことから始めてみてください。
そのひと息の中に、あなたを癒やす全ての力が宿っています。
ではまた。


