手放すことを推奨しております。
私たちが人生において苦しみを感じるとき、そこには必ずと言っていいほど「過剰な重要性」が存在しています。
「絶対に失敗してはいけない」
「この人に嫌われてはいけない」
「なにがなんでも手に入れなければならない」
このように、対象に対して過度な意味や価値を与え、握りしめてしまっている状態。
これを「重要性が高い状態」と呼びます。
ヨガの練習をしていると、身体の力み(テンション)に気づくことがありますが、重要性とはまさに「心の力み」そのものです。
今日は、この「重要性」をいかにして下げていくか、そしてなぜ下げることが人生を好転させる鍵となるのかについて、ヨガ哲学や現代社会の構造、そしてスピリチュアルな観点も含めて、少し深く掘り下げてみたいと思います。
もくじ.
なぜ、強く願うほど遠ざかるのか?「重要性」のパラドックス
「思考は現実化する」とか「強く願えば叶う」という言葉をよく耳にします。
しかし、現実はどうでしょうか。
「絶対に叶えたい!」と必死になればなるほど、空回りをしたり、思わぬ邪魔が入ったりして、ゴールが遠ざかっていく経験をしたことはないでしょうか。
これには明確な理由があります。
少しスピリチュアルな、あるいはエネルギー的な法則の話になりますが、この世界は常に「バランス(平衡)」を保とうとする力が働いています。
あなたが何かに過剰な重要性を与え、「絶対に!」とエネルギーの電圧を上げすぎると、そこに「過剰ポテンシャル」と呼ばれるエネルギーの歪みが生まれます。
自然界は真空を嫌い、気圧の高いところから低いところへ風が吹くように、この過剰なエネルギーの歪みを解消しようとします。
これを「平衡力」と呼びます。
あなたが「これが重要だ!」と叫べば叫ぶほど、平衡力はバランスを取ろうとして、「いや、そうでもないですよ」という現実を突きつけてくるのです。
つまり、あなたの願いを邪魔することで、エネルギーのバランスを取ろうとするのです。
皮肉なことに、必死さが障害を作り出しているのです。
ヨガが教える「執着(ラーガ)」の正体
ヨガの経典『ヨガ・スートラ』では、私たちの心を悩ませる原因(煩悩)の一つに「ラーガ(執着・渇望)」を挙げています。
何かにしがみつくこと。特定の結果を求めすぎること。
これもまた、重要性が高まっている状態です。
また、『バガヴァッド・ギーター』には、「行為の結果に執着せず、ただ行為そのものに専念せよ(カルマ・ヨガ)」という教えがあります。
「成功しなければ意味がない」と結果に過剰な重要性を置くのではなく、「ただ、やるべきことを淡々とやる」という境地です。
重要性が高いとき、私たちの視野は極端に狭くなっています。
「これしかない」「これ以外は認めない」という硬直した思考です。
ヨガが目指すのは柔軟性です。身体の柔軟性だけでなく、心の柔軟性。
「これでもいいし、あれでもいい」
「右に行けなければ、左に行けばいい」
この軽やかさが、エネルギーの流れ(プラーナ)をスムーズにし、結果として物事を成就させるのです。
現代社会が生み出す「過剰ポテンシャル」の罠
現代社会は、私たちに「重要性を上げろ」と四六時中迫ってきます。
「目標を達成しなければ価値がない」
「年収が高くなければ幸せになれない」
「フォロワー数が多くなければ影響力がない」
「常に若々しく美しくなければならない」
これらはすべて、社会が作り出した「重要性の幻想」です。
私たちは真面目であるがゆえに、これらの外部からのプレッシャーを真に受け、「ちゃんとしなきゃ」「もっと頑張らなきゃ」と、自らのポテンシャル(緊張)を高めてしまいます。
学校教育からビジネスの現場まで、私たちは常に「何かを成し遂げること」に過度な重要性を置くように訓練されてきました。
しかし、その結果はどうでしょう。
多くの人がメンタル不調に陥り、燃え尽き症候群(バーンアウト)になり、生きる喜びを見失っています。
これは、私たちが弱いからではありません。
「重要性」という名の荷物が重すぎるのです。
川下りを楽しむはずのボートに、岩をたくさん積み込んで、「沈む!苦しい!」と叫んでいるようなものです。
岩を捨てればいいのです。
仕事、人間関係、お金…分野別「重要性」の外し方
では、具体的にどうやって重要性を下げればいいのでしょうか。
いくつかの場面で考えてみましょう。
1. 仕事や目標において
「絶対に失敗できない」と思うと、身体が固くなり、パフォーマンスが落ちます。
重要性を下げるコツは、「失敗した時のシナリオ(バックアッププラン)」をあらかじめ受け入れておくことです。
「もし失敗しても、命まで取られるわけではない」
「ダメだったら、別の道を探せばいい」
このように、最悪の事態を一度心の中で認め、それに対する保険(心の準備)を持っておくこと。
すると、「絶対に」という縛りが解け、「まあ、やってみるか」という軽さが生まれます。このリラックス状態こそが、最強のパフォーマンスを生みます。
2. 人間関係において
「この人に好かれたい」「嫌われたくない」という思いも、強い重要性です。
相手に過剰な期待をし、相手の言動に一喜一憂するのは、相手を自分のコントロール下に置こうとするエゴの働きでもあります。
重要性を下げるには、相手を「ただの風景」のように眺めてみることです。
あるいは、人間関係を「ゲーム」のように捉えてみることです。
深刻になりすぎないこと。「この人との縁があれば続くし、なければ切れるだけ」と、宇宙の采配に委ねてしまう(イーシュヴァラ・プラニダーナ)ことです。
3. お金や所有において
お金への執着も、重要性の最たるものです。
「お金がないと不幸になる」という恐怖が、お金への重要性を高めます。
しかし、お金はエネルギーであり、循環するものです。
川の水を手ですくって強く握りしめれば、水は指の隙間からこぼれ落ちてしまいます。
手を広げ、流れの中に浸していれば、水は常にそこにあります。
「必要なものは、必要な時に入ってくる」という信頼を持つこと。
今あるものに感謝し、不足ではなく充足に目を向けることで、重要性のレベルは下がります。
「どうでもいい」は最強のスピリチュアル・マントラ
誤解を恐れずに言えば、「どうでもいい」と口に出してみることをお勧めします。
これは投げやりになることや、無責任になることとは違います。
「結果はどうでもいい(天に任せる)。私はただ、今この瞬間を楽しむだけだ」という、究極の肯定の言葉です。
重要性が下がると、私たちは「深刻さ」から解放されます。
スピリチュアルな視点で見れば、深刻さは重い波動であり、軽やかさは高い波動です。
幸運やシンクロニシティは、軽やかな波動に引き寄せられます。
ユーモアを持つこと。自分の失敗を笑い飛ばすこと。
「まあ、なんとかなるでしょう」と微笑むこと。
これが、過剰ポテンシャルを解消し、平衡力による邪魔を回避する最良の方法です。
世界と戦おうとせず、世界をおちょくるくらいの遊び心を持ってください。
重要性を下げて、ただ「在る」ことへ
重要性を下げるということは、人生を諦めることではありません。
むしろ、人生の主導権を自分の手に取り戻すことです。
外部の評価や結果に振り回されるのをやめ、自分の内なる静寂(スティラ)に錨を下ろすことです。
重要性が極限まで下がったとき、私たちは「空(くう)」の状態に近づきます。
そこには、遮るものがありません。
直感(インスピレーション)が降りてきやすくなり、本来の自分が進むべき道が自然と見えてきます。
頑張って泳ぐのをやめて、仰向けになってプカプカと水に浮くような感覚です。
すると、流れが勝手にあなたを最適な場所へと運んでくれます。
EngawaYogaで推奨しているのは、この「重要性のない時間」です。
縁側でぼんやりとお茶を飲むとき、そこには達成すべき目標も、守るべきプライドもありません。
ただ、風が吹き、鳥が鳴き、呼吸があるだけ。
その「ただ在る」という感覚こそが、過剰な重要性でパンパンに膨れ上がった現代人の心を癒やし、本来のバランスを取り戻させてくれるのです。
どうか、あまり深刻にならないでください。
人生は、深刻な顔をして解くべき問題集ではなく、楽しむべき神秘なのですから。
荷物を下ろして、気楽に行きましょう。
ではまた。


