未完了のタスクが積み上がる心【ヨガとミニマル】

自己啓発

私たちの心の中には、どれだけ多くの「やりかけ」のプロジェクトが眠っているでしょうか。読み始めたままの本、登録しただけのオンラインコース、情熱を持って着手したはずの個人的な創作活動。現代社会は、私たちの注意を惹きつける新しい刺激に満ち溢れています。次から次へと魅力的な「始まり」が提供される一方で、一つのことを最後までやり遂げる「終わり」の価値は、驚くほど軽視されているように思えます。

この「始めたことを終わらせられない」という傾向は、単なる意志の弱さや怠惰の問題ではありません。それは、私たちの注意力が断片化され、常に新しい刺激を求めるように条件づけられた、現代の構造的な病理とも言える現象です。心理学で「ツァイガルニク効果」として知られるように、未完了のタスクは、完了したタスクよりも強く私たちの記憶に残り続け、無意識の領域で精神的なエネルギーを消耗させ続けます。

一つのことを丁寧に「終わらせる」という行為。それは、散らかった心を整え、自分自身との信頼関係を再構築するための、静かで力強い実践なのです。

 

なぜ私たちは「終わらせる」ことができないのか

私たちが物事を中途半端にしてしまう背景には、いくつかの根深い心理的なメカニズムが働いています。

第一に、「完璧主義の罠」です。私たちは、始める前やプロセスの途中で、あまりにも高い理想像を描いてしまいがちです。しかし、現実のプロセスは常に不完全で、試行錯誤の連続です。その理想と現実のギャップに直面したとき、完璧主義者の心は「こんなはずではなかった」と失望し、プロジェクトそのものを放棄してしまうのです。完成させることの喜びよりも、不完全なものを世に出すことへの恐れが勝ってしまうのです。

第二に、「失敗への恐怖」です。物事を「終わらせる」ということは、その成果を確定させ、他者からの評価に身を晒すことを意味します。プロセスの中にいる限り、私たちは「まだ途中だから」という言い訳の中に安全に留まることができます。しかし、完成させてしまえば、もう後戻りはできません。この最終的な審判を恐れるあまり、私たちは無意識のうちに完成を先延ばしにしてしまうことがあります。

そして第三に、資本主義社会が助長する「新しい刺激への渇望」です。一つのことにじっくり取り組むよりも、次々と新しいプロジェクトに手を出した方が、多くの経験を積んでいるように感じられるかもしれません。しかし、それは深さのない、表面的な経験の乱獲に過ぎないことが多いのです。システムは私たちに「終わらせる」ことの達成感よりも、「始める」ことの高揚感を常に優先させるよう仕向けています。

 

ヨガのシークエンスと「サンカルパ」の実践

ヨガのクラスは通常、明確な「始まり」と「終わり」を持つ、一つの完結したシークエンスとして構成されています。静かな瞑想や呼吸法から始まり、徐々に身体を動かし、太陽礼拝でエネルギーを高め、スタンディングポーズで安定性を養い、クールダウンを経て、最後のシャヴァーサナ(亡骸のポーズ)で完全な弛緩へと至る。この流れ全体を体験することに、ヨガの実践の大きな意味があります。途中の難しいポーズがうまくできなくても、最後までシークエンスをやり遂げることで、心と身体には深い充足感と調和がもたらされます。

この「最後までやり遂げる」という意志を支えるのが、「サンカルパ(Sankalpa)」という概念です。サンカルパは、単なる目標設定(Goal setting)とは異なります。それは、心の奥深くから湧き上がる「意図」や「誓い」であり、練習の始めに心の中で静かに唱えるものです。例えば、「私は、この練習を、自分自身への慈しみの心を持って、最後まで行います」といったように。

このサンカルパを立てることで、私たちの実践は単なるエクササイズから、神聖な儀式へと昇華されます。途中で集中力が途切れたり、困難に直面したりしたとき、この最初に立てたサンカルパが、私たちを本来の道筋へと引き戻してくれる羅針盤の役割を果たすのです。

このサンカルパの考え方は、日常生活におけるプロジェクトにも応用できます。何かを始めるとき、ただ漠然と着手するのではなく、「私は、この本を、途中の発見を楽しみながら、最後まで読み通します」というような、自分自身の内なる意図を明確にする。この小さな儀式が、私たちの行動に一貫性と粘り強さをもたらしてくれるのです。

 

「終わらせる」という筋肉を鍛える

「終わらせる」能力は、才能ではなく、訓練によって鍛えることのできる一種の筋肉です. 大きなプロジェクトを終わらせる自信がないのなら、まずはごく小さなことから始めればよいのです。

一杯のお茶を、スマホを見ずに、最後まで味わい尽くす。

短い記事を一つ、脇道に逸れずに、最後まで読み切る。

食器を洗うという行為を、始まりから終わりまで、丁寧に完結させる。

これらの小さな「完了」の経験を積み重ねていくことで、私たちの脳は、達成感という報酬を学習します。そして、徐々により大きなタスクを完了させるための精神的なスタミナが養われていくのです。

始めたことを終わらせるという行為は、単にタスクを処理すること以上の意味を持っています。それは、自分自身との約束を守るという、自己信頼の礎を築くための訓練に他なりません。一つ一つの「終わり」が、私たちの人生に区切りと意味を与え、散らかった心を静かな秩序へと導いてくれる。未完了のタスクがもたらす無意識のノイズから解放されたとき、私たちの心には、本当に大切なことに集中するための、澄み切った余白が生まれるのです。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。