現代社会は、私たちに常に「何かをせよ」「何かを得よ」と語りかけてきます。私たちは忙しなく働き、情報を集め、スキルを磨き、より多くのものを所有しようと努めます。その結果、私たちの心は常に張り詰め、疲弊しているように感じられることがあります。立ち止まり、内側を静める時間を持つことの重要性は感じているものの、「瞑想」と聞くと、何か特別な訓練が必要で、難しいものだと思い込み、二の足を踏んでしまう方も少なくないのではないでしょうか。
でも、もし瞑想が、あなたが思っているような「難しいもの」では全くないとしたら？もし、それが誰にでも今すぐできる、最もシンプルな「ただ座る」という行為から始まるとしたら、どうでしょう。
瞑想は、何か特別な状態を目指して「頑張る」行為ではありません。むしろその逆、頑張ることをやめ、力を抜くことから始まる、究極の「引き算」であり「シンプル化」の実践なのです。今、あなたが瞑想に対して持っているかもしれない、難解なイメージや、「こうしなければならない」という期待を、一度脇に置いてみることを提案させてください。
もくじ．
瞑想への第一歩：今まで得た知識を手放す
私たちは、何か新しいことを学ぶとき、まず情報を集めます。瞑想についても、本を読んだり、インターネットで調べたりして、様々な知識を得ようとするでしょう。それは素晴らしい学びの姿勢である一方で、ときにその知識や情報が、私たちを身動きできなくさせてしまうこともあります。
「正しく座る姿勢とは？」「呼吸はどうすべき？」「思考が浮かんできたらどうすれば良い？」といった問いにがんじがらめになり、完璧を目指そうとするあまり、始める前から諦めてしまうかもしれません。
ですから、瞑想を始めるにあたって、まずは「今まで得た知識を、ちょっと手放していただきたいのです」。頭の中にある「瞑想とはこういうものだ」という概念や、誰かから聞いた「成功する瞑想法」といった情報、そして「上手にやらなければ」というプレッ張り全てを、一旦横に置いてみましょう。これは、知識や学びを否定するものではなく、真の体験へと至るために、一旦頭のスペースを空けるための大切なステップです。
「ただ座る」というミニマルな実践
瞑想の最も核となる実践は、驚くほどシンプルです。それは、「ただ座る」ということ。これ以上でもこれ以下でもありません。特別なクッションも、静寂な環境も、特定の音楽も、必須ではありません。ただ、あなたが今いる場所で、座ってみることから始められます。
これは、私たちの日常生活において、意識的に「何もしない」時間を設けることでもあります。常に何かを「している」状態から、一時的に離れ、「ただ存在する」ことへと意識を向けるのです。これは究極のミニマリズムと言えるでしょう。物理的なモノを減らすミニマリズムが、生活空間と心のスペースを広げるように、「ただ座る」瞑想は、思考や行為で埋め尽くされた時間の中に、静寂というスペースを創造します。
「ただゆるめる」瞑想への誘い
さて、「ただ座る」ことに慣れてきたら、次に意識を向けていただきたいのは、「ゆるめる」という感覚です。私たちは知らず知らずのうちに、体に力が入っていたり、顎を食いしばっていたり、眉間に皺を寄せていたりします。また、心も常に何かを考え、判断し、評価しようとして緊張しています。
多くの瞑想法では、特定の対象に「集中」することを重視しますが、初心者にとって「集中しよう」と頑張ることは、かえって緊張を生み、難しいと感じさせてしまう原因となることがあります。ここでは、頑張って「集中する」のではなく、ただ「ゆるめる」ことに意識を向けてみましょう。
座った姿勢で、体の各部分に意識を向け、そこに不必要な力が入っていないかを感じ取ります。肩、首、背中、そして顔の筋肉など、緊張している部分を意識的に「ゆるめて」いきます。これは、SIQAN瞑想のように、構えずに、気楽に、自分のペースで行える実践です。頑張らない、力まない。ただ、「あ、力が入っていたな」と気づいて、そっと力を抜いてみる。その繰り返しで十分なのです。
そして、体のゆるみに伴って、心も自然とゆるんでくるのを感じるかもしれません。思考が浮かんできても、それを追いかけたり、止めようと戦ったりするのではなく、ただ「思考が浮かんでいるな」と観察するだけ。感情が湧いてきても、「悲しいな」「イライラするな」と、ただその感覚に気づいて、それ以上深入りしない。これもまた、「ゆるめる」という実践の一部です。思考や感情に「囚われない」ように、心の握りしめをゆるめていくのです。
「ゆるめば起こる」自然な瞑想
頑張って集中したり、特定の状態を作り出そうとしたりする必要はありません。ただ座り、ただ体をゆるめ、そして心をゆるめる。そうすると、あることが自然と起こり始めます。それが、「ゆるめば起こる瞑想」であり、「ただ起こる瞑想」です。
私たちの内側では、常に様々なことが起こっています。思考が流れ、感情が湧き上がり、体の感覚が変化し、音が聞こえてきます。普段、私たちはこれらの内的な出来事に強く反応し、それに囚われてしまいがちです。しかし、ゆるんで、ただ座っていると、これらの出来事が、まるで空を流れる雲のように、現れては消えていくさまを観察できるようになります。
思考は敵ではありません。感情は悪いものではありません。それらはただ、あなたの内側で起こっている出来事です。ゆるんで、判断せずに、ただ見守る。この「ただ起こる」ことに気づくことが、瞑想の深まりへと繋がっていきます。これは、意図的な操作をせず、自然なあり方を尊重する老荘思想の「無為自然」にも通じる考え方と言えるでしょう。頑張って何かを生み出すのではなく、力を抜くことで、本来備わっている自然な流れに気づくのです。
瞑想で手放して変容する
この「ただ座り、ただゆるめる、ただ起こることに気づく」という実践を続ける中で、私たちは多くのものを手放していきます。最初に手放したのは、瞑想に対する固定観念や知識でした。さらに実践を深めるにつれて、私たちはもっと根源的なものを手放していきます。
それは、過去への後悔、未来への不安、自分自身を縛り付ける信念、他人からの評価への恐れ、そして何よりも「執着」です。仏教で苦悩の根本原因とされる執着は、私たちが特定の状況や感情にしがみつき、「こうあるべきだ」と強く握りしめることから生まれます。瞑想は、この握りしめている手を、そっと緩めていくプロセスです。
何かを強く握りしめている限り、そこに新しいものは入ってきません。しかし、「色々と得たものをとにかく一度手放しますと、新しいものが入ってくるのですね」。これは、物理的なモノを手放すことにも、そして内面的な執着を手放すことにも当てはまります。心を縛る不要な思考や感情を手放すことで、心のスペースが広がり、そこに静寂や安らぎ、そして新たな洞察や創造性が流れ込んでくるのです。
この手放しのプロセスは、私たちに深い変容をもたらします。内面の重荷が軽くなり、「肩の荷が下りる」感覚を得られます。心がシンプルになり、静寂が増すことで、自分自身の本質や、本当に大切なものが見えやすくなります。それは、外側の状況が変わらなくても、内側が変化することで、現実の見え方や、引き寄せるものが変化していくということです。「瞑想すると出会うことが変化する」というのは、こうした内面の変容が、外側の世界との関わり方を変えることを指しています。
ゆるんだ人から、うまくいく
心がゆるみ、不必要な力が抜けると、私たちの存在そのものが、より自然で魅力的なものになります。張り詰めた心は、時に人間関係をぎこちなくさせたり、チャンスを見逃させたりします。しかし、リラックスして、内側が満たされている人は、無理なく、自然な流れの中で物事を進めることができます。これが「ゆるん人からうまくいく」という感覚に繋がるのかもしれません。頑張って掴みに行くのではなく、力が抜けた状態だからこそ、物事がスムーズに流れ込んでくるようになるのです。
瞑想は、難しく考える必要はありません。まずは、一日数分でも良いので、座ってみることから「実践しよう」と決めてみてください。完璧な瞑想を目指すのではなく、ただ「座る時間を持つ」ことから始めましょう。疲れたら横になっても良いですし、思考が忙しくても、それに気づくだけで十分です。
「ただ座る」「ただゆるめる」というシンプルさに立ち返ることで、瞑想は誰にでも開かれた、気楽で身近な実践となります。このミニマルな実践を通して、あなたは自分自身の内側に、想像以上の静けさ、広がり、そして力が存在することに気づくでしょう。手放すことで得られる、この内なる豊かさが、あなたの人生を根底から変容させていく旅の始まりとなるのです。まずは、今日、少しだけ座って、そしてゆるめてみませんか。
