ヨガのクラスに参加すると、時折、隣のマットから「シュー」という、まるで海の波のような、あるいは風が木の葉を揺らすような、静かで連続的な音が聞こえてくることがあります。これは「ウジャイ呼吸」と呼ばれる、古くから伝わる調気法(プラーナーヤーマ)の一つです。
「ウジャイ(Ujjayi)」とは、サンスクリット語で「勝利に満ちた」あるいは「支配するもの」といった意味を持ちます。これは、他者との競争に打ち勝つことではなく、絶えず移り変わる自らの呼吸と心を制御し、その主人となることにおける「勝利」を指しています。アシュタンガヨガやヴィンヤサヨガのように、呼吸と動きを連動させるスタイルのヨガでは、このウジャイ呼吸が練習の土台となります。
ウジャイ呼吸の音は、喉の奥にある声門(声帯の入り口)をわずかに狭めることで生まれます。息の通り道を少しだけ細くすることで、空気が通る際に穏やかな摩擦音が生じるのです。よく「ダース・ベイダーの呼吸」と喩えられますが、力強く威圧的な音ではなく、あくまでも自分自身にだけ聞こえるくらいの、柔らかく、心地よい響きを目指します。
この呼吸法を実践することには、いくつかの重要な利点があります。第一に、生み出される摩擦熱が身体を内側から温め、筋肉や関節をしなやかにし、安全で効果的な練習をサポートします。第二に、呼吸のペースを一定に保ちやすくなるため、アーサナの動きと呼吸のリズムを滑らかに同調させることができます。
しかし、ウジャイ呼吸の最も深遠な効果は、その瞑想的な側面にあります。私たちの心は、放っておくと過去や未来へと彷徨い、思考の雑音で満たされてしまいます。しかし、ウジャイ呼吸が生み出す「音」に意識を集中させると、心は自然と「今、ここ」へと引き戻されます。自分の内側から響いてくるその海の音は、思考の波を鎮め、心を静寂へと導くための、完璧なアンカー(錨)となるのです。
これは、音に集中するヨガ(ナーダ・ヨガ)の一形態とも捉えることができます。外側の世界の喧騒から意識を引き離し、自らの内なる生命の響きに耳を澄ます。このプロセスを通して、私たちは日常の意識状態から、より深く、静かな意識の層へと移行していくことができるのです。
ウジャイ呼吸を初めて試すときは、口を開けて「はーっ」と、まるで眼鏡のレンズを曇らせるように息を吐いてみてください。その喉の感覚を覚えたら、今度は口を閉じて、同じように鼻から息を吐いてみます。吸う息も同様に、喉の奥でかすかな音を立てるように行います。大切なのは、力まないこと。喉を締め付けるのではなく、あくまで空気の通り道を優しくコントロールする感覚です。
練習を重ねるうちに、ウジャイの音は、あなたの内なる強さと静けさの象徴となるでしょう。その穏やかな波の響きは、どんな状況にあっても、あなたを心の中心へと還してくれる、信頼できる友となるのです。


