瞑想を推奨しております。
それは、瞑想が単なるリラクゼーション法ではなく、私たちの生命エネルギーそのものを整え、循環させるための精密な技術だからです。
今日は少し専門的になりますが、ヨガの生理学(解剖学と言ってもいいかもしれません)における「ナーディ」という概念について、静かにお話ししてみたいと思います。
目に見えない身体の地図
私たちは普段、解剖図にあるような筋肉や骨、血管といった「肉体(アンナマヤ・コーシャ)」を自分自身の身体だと思っています。
しかし、ヨガの伝統的な教えでは、目に見える肉体の奥に、目には見えない微細なエネルギー体(プラーナマヤ・コーシャ)が存在すると考えます。
血管が血液を運ぶように、神経が電気信号を運ぶように、このエネルギー体の中には「プラーナ(生命気)」を運ぶための無数の管が張り巡らされています。
この管のことを、サンスクリット語で「ナーディ(Nadi)」と呼びます。
その数は7万2千本とも、35万本とも言われますが、要するに、私たちの身体の隅々まで、エネルギーのネットワークが行き渡っているということです。
東洋医学で言う「経絡(けいらく)」や「気脈」に近いものとイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。
このナーディが詰まることなく、川のようにサラサラと流れているとき、私たちは心身ともに健康で、活力に満ちた状態にあります。
逆に、ストレスや不摂生、ネガティブな思考によってナーディが詰まってしまうと、エネルギーの滞りが生まれ、心身の不調として現れるのです。
主要な3つの川:イダ、ピンガラ、スシュムナー
無数にあるナーディの中でも、特に重要とされるのが、背骨に沿って走る3つの主要な管です。
1. イダ(Ida):
左の鼻の穴から始まり、背骨の左側を通る管です。「月」のエネルギーを象徴し、副交感神経、冷却、リラックス、女性性、右脳的な直感などを司ります。
2. ピンガラ(Pingala):
右の鼻の穴から始まり、背骨の右側を通る管です。「太陽」のエネルギーを象徴し、交感神経、熱、活動、男性性、左脳的な論理などを司ります。
3. スシュムナー(Sushumna):
そして、最も重要なのが、脊髄の中心を貫くように走る管、スシュムナーです。
通常、私たちのエネルギーはイダとピンガラを行き来しており、スシュムナーは眠っています。しかし、ヨガや瞑想の実践によってイダとピンガラのバランスが完全に整ったとき、エネルギー(クンダリニー)は中央のスシュムナーへと流れ込みます。
この時、人は深い瞑想状態に入り、至福や悟りといった体験へと導かれるとされています。
呼吸法と瞑想による「ナーディ浄化」
では、どうすればこのナーディの流れを良くすることができるのでしょうか。
そのための最も直接的なアプローチが、呼吸法(プラーナヤーマ)です。
例えば、「片鼻呼吸法(ナディ・ショーダナ)」という練習があります。
右の鼻と左の鼻を交互に使って呼吸をすることで、イダ(左)とピンガラ(右)のバランスを物理的に整えていきます。
「ナーディ(管)をショーダナ(浄化)する」という名前の通り、これはエネルギーの掃除です。
呼吸を通してプラーナを送り込み、管の中に溜まったゴミ(老廃物や感情的なブロック)を洗い流していくのです。
そして、瞑想です。
静かに座り、思考を静め、深い呼吸を続けること。
それは、荒れ狂っていた川の流れを鎮め、淀みを解消する作業です。
瞑想中、身体が温かくなったり、ピリピリとした感覚を覚えたり、あるいは背筋がスッと伸びるような感覚を持ったことはありませんか?
それは、詰まっていたナーディが開き、プラーナが勢いよく流れ始めたサインかもしれません。
エネルギーが通ると、人生も通る
ナーディにエネルギーがスムーズに流れるようになると、面白いことが起こります。
身体が軽くなるだけでなく、心も軽くなり、現実世界での物事の流れまでスムーズになるのです。
「気が通る」という日本語がありますが、まさにその通りです。
コミュニケーションの滞りが解消されたり、良いタイミングで必要な情報が入ってきたり、抱えていた問題の解決策がふと浮かんだり。
内側のエネルギーライン(ナーディ)が整うことで、外側の人生のラインも整っていく。
これは不思議なことではなく、内と外が繋がっているというヨガの基本的な法則です。
もし今、あなたが「なんとなく調子が悪い」「やる気が出ない」「人生が停滞している気がする」と感じているなら、それはナーディという見えない管が少し詰まっているだけかもしれません。
そんな時こそ、難しいことを考えずに、ただ静かに座ってみてください。
そして、呼吸という風を、身体の隅々まで送り込んでみてください。
詰まりが取れ、再びエネルギーが流れ出したとき、あなたは自分の中に眠っていた本来の輝きに、きっと再会することでしょう。
そのための場所として、この縁側はいつでも開かれています。
ではまた。


