一日の始まりは、その日全体の質を決定づける、極めて重要な時間です。それは、真っ白なキャンバスに最初のひと筆を入れる瞬間に似ています。その一筆が、不安や焦りの灰色であれば、その日の絵はどんよりとしたものになりがちです。しかし、もしその最初の一筆が、感謝という黄金の色であれば、その日一日は光と喜びに満ちた作品となる可能性を秘めています。
この一日の基調(トーン)を設定するための、最もシンプルで効果的な実践が、「朝起きて、まず三つのことに感謝する」という習慣です。
なぜ「朝」なのでしょうか。東洋の賢者たちは古くから、夜明け前の静かな時間帯「ブラフマ・ムフールタ(神聖な時間)」を大切にしてきました。この時間、世界はまだ静寂に包まれ、私たちの意識もまた、日中の喧騒から解放され、非常に純粋で受容的な状態にあります。潜在意識の扉が最も開かれているこの瞬間に何をインプットするかは、その日一日の無意識的な思考や感情のパターンに、計り知れない影響を与えるのです。
多くの現代人は、目覚めるとすぐにスマートフォンを手に取り、ニュースやSNSの洪水に身を晒してしまいます。それは、自分の内なる世界の準備が整う前に、外側の世界の不安や興奮を無防備に受け入れてしまう行為です。それは、自分のキャンバスに、他人の描いた絵の具を無作為に塗りたくられるようなものです。
朝の三つの感謝は、この流れを断ち切り、一日の主導権を自分の内側に取り戻すための神聖な儀式(リチュアル)です。それは、外側の世界に反応する(React)のではなく、内側から一日を創造する(Create)という、主体的なスタンスを宣言する行為に他なりません。
では、なぜ「三つ」なのでしょうか。これは、この習慣を無理なく、そして永続的に続けるための知恵です。十も二十もリストアップしようとすると、それはやがて義務になり、心の負担になってしまいます。しかし、「たった三つ」であれば、どんなに寝ぼけていても、どんなに時間がない朝でも、見つけ出すことができるはずです。そして、「三」という数は、多くの文化において安定や調和、創造を象徴する数でもあります。
具体的に、何に感謝すればよいのでしょうか。最初は、ごくごく基本的なことで構いません。
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「今日も無事に目が覚めたこと。新しい一日という贈り物をありがとう」
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「暖かい布団の中で、安心して眠れたこと。雨風をしのげる家があることに、ありがとう」
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「これから飲む一杯の水が、私の身体を満たしてくれること。ありがとう」
これだけで十分です。大切なのは、リストアップすることそのものではなく、心の中で、あるいは声に出して「ありがとう」と唱えた時に湧き上がる、じんわりと温かい感覚を味わうことです。その感覚こそが、あなたの存在の周波数を、一日の始まりから「充足」と「豊かさ」のモードに切り替えるスイッチなのです。
慣れてきたら、その日特有の感謝を見つけてみるのも良いでしょう。「今日、楽しみにしている友人とのランチの予定があることに、ありがとう」「窓の外の空が、美しい青色であることに、ありがとう」。
この小さな、しかしパワフルな習慣を続けることで、あなたの脳は「感謝すべきこと」を探す達人になっていきます。あなたは、一日が始まるその瞬間から、「足りないもの」ではなく「すでに在るもの」に焦点を合わせる達人になるのです。朝の三つの感謝は、一日のコンパスの針を、欠乏の北ではなく、豊かさの南へとセットする行為。このコンパスさえあれば、日中にどんな嵐が来ようとも、あなたは自分の心の中心、感謝と平安の場所へと、いつでも立ち返ることができるでしょう。


