いいねを欲しがるヨギーの矛盾。エゴの肥大化とヨガの本来の目的

365days

 

SNSのタイムラインに現れる、完璧なヨギーたちの違和感

画面をスクロールするたびに、ある固定化された光景が目に留まります。
そこには、大自然の崖の上や、洗練されたお洒落なスタジオで、アクロバティックなポーズをピタリと決めたヨギー(ヨガ実践者)の姿が映し出されています。
身につけているのは、ボディラインを美しく強調するスタイリッシュで高価なヨガウェアです。
彼らの投稿には、流行のキーワードとともに「今ここに生きる」「自分を愛そう」といった美しいメッセージが添えられています。
そして、その写真の下には数千、数万もの「いいね」が並び、称賛のコメントで埋め尽くされているのです。

こうした華やかな発信を見つめていると、私はどこか不思議な違和感を覚えずにはいられません。
なぜなら、心を静め、エゴを削ぎ落としていくはずのヨガが、ここでは「私を見て」という強烈な自己アピールの道具に変貌しているように感じられるからです。
このようなねじれた現象を、単なる現代のトレンドとして受け流すことは簡単だと言えます。
しかし、ヨガの長い歴史と思想的背景に照らし合わせてみると、ここには非常に興味深く、かつ根の深い矛盾が潜んでいることが見えてきます。

 

東洋思想の原点に見る「エゴ」の定義と心の波立ち

ここで一度、ヨガが数千年もの歴史の中で培ってきた東洋思想の原点に立ち返ってみましょう。
古代インドの聖者パタンジャリが編纂した経典『ヨーガ・スートラ』では、ヨガを「心の働きの止滅(しめつ)」と定義しています。
私たちの心を湖に例えるなら、外側の刺激や欲望によって次々と波が立ち、湖底の輝きが見えなくなってしまっているのが日常の姿です。
その波を静かに落ち着かせ、澄み渡った本来の自己である「プルシャ(純粋観照者)」を思い出すことこそが、ヨガの目的とされてきました。

ヨガの教えにおいて、苦しみや悩みの根本原因は「クレーシャ(障礙・煩悩)」と呼ばれ、その中には明確な定義が存在します。
特に代表的なのが、「アスミター(自我意識・エゴ)」と「ラーガ(愛着・欲望)」という二つの煩悩です。
アスミターとは、「私が」「私こそが」と自らを他者と切り離し、特別な存在として境界線を引こうとする心の働きを指します。
一方で、ラーガとは快楽や心地よい刺激、そして他者からの賞賛を激しく追い求め、それにしがみつこうとする執着心です。
本来のヨガの実践とは、アーサナ(ポーズ)や呼吸法、そして瞑想を通じて、これらのアスミターやラーガの波をユルユルと手放していく作業に他なりません。

 

西洋の研究が証明した「スピリチュアルな自己愛」の罠

しかし、現代のヨガを取り巻く環境は、かつての智恵とは逆の方向へと進んでいるのかもしれません。
実際に、近年行われた認知心理学や社会科学の興味深い研究結果が、この事実を冷徹に裏付けています。
ヨーロッパの大学などで実施された実験によると、ヨガや瞑想を行った直後の被験者は、実践していない人に比べて「自分は他者よりも優れている」「私は最も人を助けられる存在だ」という自己愛的な傾向(セルフ・エンハンスメント)が一時的に高まることが判明しました。
ヨガや瞑想がエゴを静めるどころか、逆に「こんなに精神性の高い自分は素晴らしい」というスピリチュアルな自尊心を満たす燃料になってしまうことが、科学的に証明されたのです。

これを専門的には「精神的物質主義(スピリチュアル・マテリアリズム)」や「精神的自己愛」と呼びます。
高級なヴィーガンスムージーを片手に、ハイエンドなヨガウェアに身を包むライフスタイルそのものが、自らのステータスを示す「記号」として消費されてしまうのも、このエゴの生存戦略によるものでしょう。
ヨガをしている自分に酔いしれ、それを他者に見せびらかすためにSNSという巨大な劇場が使われている現状は、まさにアスミターの罠そのものだと言えます。

 

「いいね」がもたらすドーパミンと、アスミターの甘い誘惑

SNSというツールは、人間の承認欲求を効率的に刺激し、増幅させるようにデザインされています。
画面の向こう側の見知らぬ誰かから届く「いいね」や「フォロワーの増加」は、私たちの脳内で快楽物質であるドーパミンを大量に放出させます。
ヨガマットの上でどれほど「今、ここ」の身体の感覚に意識を向けようとしても、頭の片隅では「これを撮影して投稿したら、どれくらい反響があるだろうか」という自動思考がささやき始めるのです。

私たちの脳(特に左脳)は、放っておくと常に自己を定義し、過去の後悔や未来の不安といった「ストーリー」を自動でしゃべり続ける性質を持っています。
「完璧な美しさを見せたい」という執着(ラーガ)が心の湖を激しくかき乱しているとき、そこにあるのは静寂ではなく、むしろ静かなる焦燥感ではないでしょうか。
ヨガの実践を通じて自分を肯定したいと願いながら、その実、最も不安定な他者からの評価という外側の要素に魂を売り渡してしまっているのは、極めて皮肉な事態と言わざるを得ません。
どれほどアクロバティックなポーズが美しく決まっていたとしても、そこに「認められたい」というエゴの悲鳴が混ざっている限り、それは本来のヨガが目指す地点からは遠く離れてしまっているのです。

 

露出度の高いポーズ写真とヴィーガンのステーキ:ねじれのユーモア

ここで少し、この状況をユーモラスな比喩で捉えてみることにしましょう。
露出度の極めて高いスタイリッシュなウェアをまとい、SNSで「いいね」を血眼になって集めようとするヨギーの姿は、例えるなら「ヴィーガン(完全菜食主義者)を自称しながら、嬉々として本物の牛ステーキを貪り食っている人」にどこか似ています。
あるいは、「私は物欲を完全に手放したミニマリストです」と豪語しながら、最新の超高級ラグジュアリーカーのコレクションを自慢している人のようでもあります。

矛盾していること自体は、個人の自由であり、それをジャッジ(善悪の判断)する必要はありません。
世の中には様々な生き方があり、矛盾を抱えたまま生きていくことも、人間らしさの一面だと言えます。
しかし、本物のヨガマットの上から漂ってくる、そのようなあまりにも人間らしい「エゴの香り」に気づいたとき、私たちは思わずクスリと笑ってしまうのではないでしょうか。

本当に静かで満ち足りている人は、自分のポーズを全世界に証明する必要がありません。
お洒落なスムージーを飲んでいる瞬間を写真に収めなくても、ただその冷たさと果実の甘みを、自らの舌と身体だけで十分に味わい尽くしているからです。
外側にアピールしたくなるという衝動そのものが、自らの内側が「空っぽで、満たされていない」ことを白日の下に晒してしまっている事実に、まずは滑稽さをもって気づくことが最初の一歩です。

 

外側の評価から自由になり、ユルユルな自分に還るために

では、私たちはアテンションエコノミーという名の承認欲求の嵐から、いかにして離脱すればよいのでしょうか。
その答えは、新しい何かを付け足す「足し算の生き方」をキッパリとやめて、本来のシンプルな自分に戻る「引き算の生き方」にあります。
ヨガの哲学には、さきほど触れたように「サントーシャ(足るを知る)」という教えが厳然として存在します。
これは、外側から何かを付け足さずとも、自分という存在は最初から完璧に満たされているという境地のことです。

SNSに写真を投稿して承認を得なくても、今ここで静かに呼吸をしているだけで、絶対的な安心感がそこにあることに気づく知恵と言えます。
私たちの脳が繰り出す「もっと凄く見せなければならない」「他者より特別でなければならない」という自動思考のノイズに気づいたら、それを優しく受け流し、身体の感覚に意識を繋ぎ止めてみてください。

私たちが提案している、身体をユルユルに解きほぐすアプローチや、ただそこに座って「何もせずに在る」ことを体感する瞑想(SIQAN)は、こうした脳の暴走をストップさせる非常に効果的な手段です。
身体が柔らかく緩んでいくと、脳内の雑音は自然と静まり、集合的無意識の大掃除が始まります。
そこには「いいね」の数に一喜一憂するエゴの姿はなく、ただ静寂と大いなる調和だけが横たわっているでしょう。

 

おわりに:画面を閉じ、自分の今を感じる

もしもあなたが、SNSのヨガ投稿を見て「自分はあの人のように細くない」「あんなに綺麗なポーズが取れない」と落ち込んでいるのなら、どうか安心してスマートフォンの電源を切ってください。
画面の中でキラキラと輝くそのポーズは、ヨガの皮を被った「エゴの広告」に過ぎないからです。

あなたが今、自分の部屋で、畳やヨガマットの上に座り、ただ静かに「自分の身体がここにある」と感じられているのなら、それだけであなたは本物のヨギーです。
誰からの拍手も賞賛も必要としない、その静かで尊い呼吸のなかにこそ、ヨガの真の調和が宿っています。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。