瞑想はある程度の期間座っていると”ふっ”とわかることがある。瞑想も継続なり

SIQAN

瞑想はいいですよね。

瞑想をしていると気持ちも落ち着いたり、エネルギーも満ちたりしていくのを観じます。

瞑想が日常的にできる状態というのは恩恵がありそうです。

ですが、瞑想体験も普段の生活と一緒で全部が全部、自分にとって都合の良い瞑想体験ではないですけどね。

ぐっちゃぐちゃに大変の瞑想もあります。

「なんだこれは!?」と見たくない映像を見させられることもあります。

そういったこともありますが、心地よい瞑想もあります。

瞑想状態という言い方があるように瞑想は状態です。

行為ではないという言い方をされたりもしますね。

瞑想はすることではなく起こること、瞑想は行為ではなく状態。

その瞑想状態というのはふっとわかるような感じです。

瞑想を終えた時に、ふっと感覚としてわかったりします。

続けていくと、ふっとわかることが突然起こります。

そのような感覚を感じ取れるといいですよね。

瞑想も継続が大切です。

 

瞑想は行為ではない

瞑想というのは状態です。

瞑想ということをし続けているわけではありません。

だから「24時間瞑想状態で生活をする」という言い方もできるのですね。

瞑想を知らなくても瞑想の状態に普段も入っている人もいると思います。

そういった瞑想状態をリアルに意識的に観じる為にも、瞑想の時間があります。

瞑想状態を意識的に観じられるために、ただ座ってみたり、呼吸法をしてみたりしているわけです。

瞑想の習慣がある人は、普段の生活の中でも薄い瞑想状態は観じられていると思います。

呼吸を常に観じて生活している人もいると思います。

とてもいいことに思います。

客観的に呼吸を観じ続けられると、気持ちに溺れてしまったり、はしゃいでしまったり、感情に流されることが無くなります。

そういった波から距離を置くことができるからです。

瞑想は行為ではありません。

瞑想状態のあり方をキープすることが大切に観じます。

 

瞑想は結果のようなもの

瞑想は結果のようなものです。

行為ではないと書きましたが、結果として瞑想が起こってくるものです。

ただ呼吸を観じて、ただ余分な力を抜いて、ただ観察していく、ただ座っていく。

その結果として起こってくるのだと思います。

何かしようとすることをすると瞑想から遠ざかっていきます。

ですので、ただ座ろうということでSUWARUを企画しております。

普段からニコニコと生活して生きていられるのなら瞑想はいらないのかもしれません。

そういった淡々とニコニコとした生活を送ることが瞑想の目的でもありますからね。

何か余計なことをやめる。

ただ落ち着いて呼吸を観じる。

目の前にあることに集中していく。

そうやって日々も過ごしていくことで瞑想もやってくることでしょう。

瞑想は結果です。

私たちにできることは瞑想ではなく、瞑想への準備なのです。

 

いつもこの瞬間の感覚

瞑想の感覚ってありますよね。

あの感覚を普段も持ち運べるといいですね。

感覚を思い出しておくだけで案外いけますよ。

ただ瞑想の感覚を常に観じて思い出しておき、その感覚を失わないように生活します。

油断すると結構すぐにいなくなります。

ふと集中力が切れるといなくなったりしますからね。

はしゃいでしまう癖のある人は、友人と会ったり、嬉しいことや大変なことがあるとすぐに抜けてしまいます。

勿体無いですね。

せっかく瞑想体験が無駄になってしまい、意味がありませんね。

そういった時にこそ継続です。

何もない穏やか時に瞑想状態がキープされるのは易しいことかもしれません。

瞑想状態でなくても、穏やかにしかならないような好条件では、だれもが特別な工夫する必要もなく「ニコニコと淡々」とできますからね。

そうではなくて、大変な時に瞑想状態をキープすることが大事なのです。

生活しているとどうしても精神が乱されてしまうことが起こります。

そういった時にこそ、瞑想の感覚を思い出すことが大切になってくるわけです。

呼吸を観じたり、自分の感情を観察したりとしていく必要があるわけです。

抜けてしまわないようにしないといけません。

それには習慣です。

習慣にしてしまえば抜けなくなります。

習慣にしていくと強いですよ。

コツは抜けないようにすることを意識するというよりかは、抜けてしまったことに気づくことです。

なるべく早くに気づくことが重要に観じます。

 

存在そのものになっていく

瞑想の感覚を日常的にもし運ぶことができると自我が薄れていきます。

そして、存在そのものになっていきます。

私という枠組みが薄れていくのです。

瞑想にはそういう効果もあると観じています。

瞑想を続けていくと面白いですよ。

ふっとわかる時がやってきます。

 

終わりに:瞑想を日常にする

瞑想を日常にできるといいと思っています。

普段からも細切れの時間を瞑想の時間にできるといいですね。

1分だけ目を閉じて呼吸を観察するとか、空の状態に入っていくとかですね。

ぼぉ〜とするのもオススメ。

立派な瞑想状態になります。

当然ですが、いつも1分の瞑想だけではダメです。

時々でいいのですが、しっかりと瞑想の時間を確保しておく必要があります。

定期的に1時間以上は座るようにしておくとよろしいかと思います。

たまにはがっつりと瞑想をしておく習慣があると、1分の細切れの瞑想にも効果がより期待できます。

瞑想を日常化できるといいですね。

人生が豊かに楽しいものになっていくと思います。

私も毎日座っていて、この瞑想習慣があってこそ「日々を淡々とニコニコ」と送れるようになってると思います。

瞑想があって本当に良かったと観じております。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。