「所有」からの解放 – バックパック一つの生と思考の投資対効果

365days

現代社会において、「所有」とは何を意味するのでしょうか。多くのモノを持つことが豊かさの証とされ、私たちは無意識のうちに何かを所有し、コレクションすることに精神的な安定を見出してきました。しかし、その一方で、所有したモノの管理や維持に追われ、気づかぬうちに「モノに使われる」という逆説的な事態に陥ってはいないでしょうか。

ここでご紹介するミニマリズムとは、単なる片付け術や節約術の延長線上にあるものではありません。それは、所有という概念そのものを問い直し、自らの存在の様式を根底から見つめ直す、きわめて実践的なものなのです。

 

バックパックに収まるものだけで暮らすということ

「私の持ち物は、このバックパックに収まるものだけです」。

そう語るミニマリストの生活は、バックパックと、その中に収められたわずかなアイテムによって成り立っていたりします。これは、物理的な制約を自らに課すという行為ですが、その本質は「減らす」ことだけでなく、「選ぶ」ことにもあります。

私もバックパック一つの暮らしをしたいところですが、まだハードルは高く実践できてはいません。一般的な人よりかは非常に物は少ないとは思いますが、ミニマリストを名乗るには少し躊躇するレベルです。

このミニマリストの実践の根底には、東洋の古くからの叡智が流れています。例えば、老荘思想における「無為自然」という考え方。これは、人為的な計らい(有為)を捨て、万物の自然な流れに身を任せることで、かえって物事がうまくいくとする思想です。モノへの執着という「有」を手放すことで、私たちは精神の自由という広大な「無」の領域へと開かれていきます。

ヨガの哲学においても、この思想は「アパリグラハ(Aparigraha)」という教えに集約されます。日本語では「不貪(ふとん)」と訳され、必要以上のものを所有しない、貪らないという実践を指します。ヨガ・スートラによれば、私たちの心が乱れる原因(チッタ・ヴリッティ)の多くは、所有欲や執着から生まれるとされています。モノを減らすことは、心の波を鎮め、内なる静寂へと至るための、具体的な修練(サーダナ)なのです。

近代的な視点から見れば、モノを所有することは、そのモノとの間に「関係性」を結ぶ行為に他なりません。家、車、洋服、本。それらは私たちの所有物であると同時に、私たちを管理し、束縛する存在でもあります。家のローンを払い、車をメンテナンスし、洋服の収納に頭を悩ませる。私たちは、この複雑に絡み合った「関係性の網の目」の中で、多くの時間とエネルギーを消費しているのです。バックパック一つで暮らすということは、この網の目から自らを解き放ち、移動の自由、そして思考の自由を回復するための、静かなる革命と言えるでしょう。

アパリグラハ(無所有)へと意識が向く言葉【ヨーガスートラ】

 

コストは最小限に、利益は最大限にする思考法

ミニマリストの生活と思考を貫くもう一つの重要な原則が、「ROI(投資収益率)」の最大化です。これは元々ビジネス用語ですが、彼らはこれを人生そのものに応用します。

ここで定義する「投資(コスト)」とは、単にお金や時間だけを指すものではありません。私たちが何かを選択する際に費やす精神的エネルギー、注意散漫、決断疲れ(ディシジョン・ファティーグ)といった、目に見えない消耗もすべてコストと捉えます。一方で「収益(利益)」とは、金銭的なリターンに留まらず、心の平穏、創造性の発揮、自由な時間、身体的な健康といった、より広範な「生の質」そのものを指します。

この視点から見ると、バックパック一つの生活がいかに合理的な選択であるかが理解できます。まず、持ち物の管理や把握にかかる時間的・精神的コストは、限りなくゼロに近づきます。引っ越しは数分で完了し、「あれはどこにしまっただろう」と探す時間は存在しません。毎日同じ服を着るというスタイルは、スティーブ・ジョブズにも見られた習慣ですが、これも「今日何を着るか」という日々の小さな決断コストを削減し、その分のエネルギーをより創造的な活動に振り向けるための、極めて戦略的な選択なのです。

これは単なるケチや節約とは似て非なるものです。大切なのは、コストをゼロにすることではなく、投下したコストに対して得られる利益を最大化すること。人生という限られた資本を、どこにどう配分すれば、最も豊かな経験と精神的な充足が得られるのか。この問いを常に自らに投げかけ続ける。それは、自分自身の「生」という壮大なプロジェクトを経営する、優れた経営者の視点と言えるかもしれません。(言い過ぎ)

物理的な所有物を極限まで減らすこと。そして、思考や時間という目に見えない資本の運用効率を最大化すること。この二つは表裏一体の実践です。それは、外部の価値基準や社会的なプレッシャーから自由になり、自らの人生の主導権を確かに取り戻すための、深遠な智慧なのです。

 

おわりに:感覚重視でも良い

ROIやコストの話しも書きましたが、大事なことは感覚です。自分にとって心地よい物量にすることはスタートに思います。そして、さらに減らせるところを減らしていくことです。

不所有(アパリグラハ)の思想をいかに実践していくかを探究すると良いと思っております。それが結果としては心地よいことに繋がり、地球環境や仲間をサポートすることにも連動していくと思っています。

私はヨガを実践しておりますので、不所有はテーマとなっております。

何かヒントになっていれば幸いです。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。