過去を追わず、過去を懐かしまない

ENQAN

私たちは日常の中で、つい過ぎ去った日々を振り返ってしまうことがあります。
あの時は良かったと懐かしんだり、あの時こうしていればと後悔したりと、過去という幻影に心を奪われることは少なくありません。
しかし、過去に意識を向けることは、今の自分のエネルギーを削ぐことにもつながります。
今回は、ヨガ哲学や東洋思想の歴史的背景、そしてミニマリズムの視点から「過去を追わないこと、過去を懐かしまないこと」の真意についてお話ししていきたいと思います。

 

過去を追わないとはどういうことか

過去を追わないとは、過ぎ去った出来事に対する執着を断ち切り、現在という瞬間に意識を完全に留めることです。 この思想は、東洋哲学の根底に深く流れています。

仏教の古い経典である『中部経典』の中には、「一夜賢者の偈(バッデーカーラッタ・スッタ)」という有名な教えが残されています。
そこには「過去を追うな。未来を願うな。過去はすでに捨てられた。未来はまだやって来ない。ただ現在の事象を、その場その場でよく観察せよ」と記されているのです。
お釈迦様は、私たちが苦しむ原因の多くが、すでに存在しない過去への執着や、まだ存在しない未来への不安にあると見抜いていました。

英語圏の心理学やマインドフルネスの文脈においても、「Dwelling on the past(過去にこだわること)」や「Rumination(反芻思考:過去のネガティブな出来事を繰り返し思い出すこと)」は、心の健康を害する要因として広く認識されています。
過去を追うという行為は、脳のエネルギーを無駄に消費し、目の前にある「今」を生きる力を奪ってしまうといえるでしょう。

 

なぜ過去を懐かしむことは心の足枷になるのか

過去の失敗を悔やむだけでなく、楽しかった過去を「懐かしむ」ことも、実は心にとって一種の足枷となります。
ノスタルジア(郷愁)は一見すると甘美で心地よいものですが、それに浸りすぎることは「今の現状への不満」の裏返しである場合が少なくありません。

過去の栄光や美しかった思い出を引っ張り出してくる時、私たちは無意識のうちに「あの頃は良かったけれど、今はそうではない」という比較を生み出しています。
これは、ヨガ哲学において避けるべきとされる状態です。

パタンジャリが編纂した『ヨーガスートラ』には、ヨガの実践者が守るべき行動規範として「ヤマ(禁戒)」が示されており、その中に「アパリグラハ」という重要な概念があります。
アパリグラハとは、「不貪(ふとん)」や「非所有」と訳され、物質的なものだけでなく、精神的な執着や過去の記憶さえも握りしめないことを意味する言葉です。
過去の美しい記憶を自分のものとして所有し続けようとする態度は、アパリグラハの精神に反することになります。

 

東洋思想における無常とミニマリズムの融合

過去を手放すというアプローチは、現代のミニマリズムの思想とも深く共鳴します。
ミニマリズムとは、単に部屋の物を減らすことだけではなく、自分にとって本当に大切なものを見極め、それ以外の不要なものを削ぎ落としていく生き方です。

東洋思想には「無常(むじょう)」という大前提があります。
無常とは、宇宙に存在するすべての事象は絶えず変化し続けており、一瞬たりとも同じ状態に留まることはないという真理を示す言葉です。
形ある物質がいつか壊れるように、私たちの感情や人間関係、そして過去の出来事も、永遠に固定して所有しておくことはできません。

過去の記憶を大切に心の引き出しにしまっておくことは、部屋に不要な古い品物を溜め込むのと同じです。
過去への執着を手放す精神的なミニマリズムを実践することで、心の中に新しいエネルギーが入ってくる「空(くう)」のスペースを作り出すことができます。
思い出の品物を手放すように、心の中の過去も潔く手放していくことが、都会で覚醒し、軽やかに生きるための秘訣なのです。

 

ヨガの実践を通して「今」に根ざす

では、過去を追わず、懐かしまないためには具体的にどうすればよいのでしょうか。 その最も効果的なアプローチの一つが、身体を通じたヨガの実践です。

私はEngawaYogaにて、ENQANというメソッドをお伝えしています。
これはアサナ(ヨガのポーズ)に徹底的に没頭し、身体の限界や可能性と向き合っていくダイナミックなプラクティスです。
高度な逆転のポーズや、集中力を要するバランスポーズを取っている最中は、過去を懐かしんだり未来を憂いたりする余裕は一切ありません。
ただ「今ここ」の自分の呼吸、重心、筋肉の動きにのみ意識が向かいます。

思考だけで過去を忘れようとしても、人間の脳は簡単に言うことを聞いてはくれないものです。 だからこそ、身体を使う必要があります。
丹田(おへその下にあるエネルギーの集まる場所)に意識を置き、深い呼吸とともに身体の感覚に集中することで、思考のノイズは自然と静まっていきます。
マットの上で「今この瞬間」にとどまる訓練を重ねることで、日常に戻っても過去に引きずられない強い心が育っていくのです。

 

今この瞬間に念を入れて生きる

過去はすでに終わったことです。 美しい思い出であれ、苦い経験であれ、過ぎ去った事実に変わりはありません。
過去を振り返ることは、時に教訓を得るために役立つかもしれませんが、そこに住み着いてはいけないのです。

私たちが生きることができるのは、常に「今」というこの一瞬だけです。 過去の自分を懐かしむのをやめ、まだ見ぬ未来をコントロールしようとするのをやめましょう。
ただ目の前にある今の状況を受け入れ、そこに全精力を注ぎ込むこと。 「念を入れて生きる」とは、そういうことだと考えています。

心の中の不要な過去を断捨離し、身軽になってみてください。 過去を追うのをやめた時、あなたの目の前には、限りなく自由で豊かな「今」が広がっているはずです。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。