ENQAN(旧BTY)とは何かを聞かれることがあります。
ENQANとは、身体を軽くするアサナメソッドです。
ダイナミックに動き、呼吸と太陽礼拝から始め、生命力を高め、エゴを落としながら身体の重みを減らします。 → ここが円環の「基盤」。軽い身体ができあがると、エネルギーがスムーズに流れ始め、次の内観や瞑想が深まりやすくなります。
ENQANの特徴はやはり逆転の多いこと、そして後屈のポーズが多いことです。
「こんなに逆転を練習するの?こんなにピンチャマユーラアサナが出てくるの?」と思う人も多いです。
それは、ダーマヨガがそうであったからです。
それは一つの文化のようなものです。
”飛んでいたい”という精神性がとても高いヨガスタイルになっています。
下に沈むよりかは飛んでいたいという思いから、逆転が多いのです。
ENQAN(旧BTY)を実践していくことで、どんどん自分の枠組みが壊れ解体されていき、本当の自分のど真ん中が出現していきます。
ど真ん中の実践にこそ、精神と肉体の両方がとても重要なのです。
ENQAN(旧BTY)では肉体もしっかりと作っていきます。
EngawaYogaスタジオでは瞑想会も開催しているので、ENQAN(旧BTY)で培った土台をベースにぜひ瞑想会も参加されてみてください。
それでは、ENQANに対してもう少し書いてみたいと思います。
もくじ
ENQAN(旧BTY)は宗教色を排除している
ヨガではマントラを唱えたりチャンティングをするクラスも多いです。
アシュタンガヨガやシヴァナンダヨガもマントラ(チャンティング)をしてからヨガクラスを始めます。
ヨガクラスの終わりにも、ヨガクラスの終わり用のチャンティングもありますので、それを毎回唱えるクラスも多くあります。
このチャンティングは初めての人にはかなり嫌なのだと聞きます。
やっぱり突然、サンスクリット語の意味のわからない言葉をみんなで唱和するのは抵抗があるのだと思います。
慣れれば問題ないのかもしれませんし、そしてマントラにももちろん意味がありますので、闇雲に何かさせているわけではありません。
マントラには意味がありますし、多くのヨガスタジオでは無理やりやらせているわけではありませんが、お経を唱えるのと似ていて、何かしらの宗教を感じるようです。
全員がそのように宗教を感じるわけはありませんが、一部の人がそのような印象を受けるのはわかります。
ENQAN(旧BTY)では、そのようなマントラは今のところ唱えておりません。
ダーマヨガは唱えます、それは別です。
ENQAN(旧BTY)はあくまでもアサナに集中したクラスになっておりますので、マントラは唱えておりません。
ヨガにおけるアサナだけでも膨大な練習量と実践量と鍛錬が必要なものです。
あれもこれもとヨガクラスに入れ込むと無茶苦茶になってしまいます。
EngawaYogaスタジオのENQANクラスは特にアサナインテンシブで鍛錬しております。
要するに、まずは肉体に集中です。精神の土台となるのは肉体です。健全な魂の土台も肉体です。
まずは肉体から整えるのは大事なことなのです。
肉体と向き合うのは時には辛いことです。
集中し続けることもできず、かといって他のことをやる気持ちも湧かない。
そんな時でも、何が邪魔をしているのか、何が起こっているのか、何が問題なのか、自分と向き合い続ける必要があるのです。
ヨガスタジオでやる意義は、そう言う時にも先生や仲間の存在が助けてくれるからかもしれません。
目指すは、野生的な身体
個人的には野生的な身体を目指したいと思っています。
スマートな身体もいいのですが、イメージは野生的です。
タフな身体とも言えますが、もう少しゆるい言い方だとやんちゃな体でしょうか。
動けるのはもちろん、怪我をしてもすぐ治る身体とか非常にいいですよね。
怪我をしても簡単に治る、もしくは怪我をしてても動けてしまう身体がいいです。(普通の身体は怪我したら休んだ方がいいですよ)
動けなくても、じっとしてれば自己治癒で治せる体です。本来の身体はそういうものに感じます。
そして、風邪もちゃんとひきたい。
ひきたくない、ではなくて”ひきたい”です。
風邪は身体の調整のためにひいています。
身体を芯からゆるめるためであったり、休めるためであったり、治癒するためであったりして風邪をひきます。
野生的な身体は風邪もしっかりとひける体がいいです。
動けるのはもちろんのこと、天才的な体の順応性も発揮できるといいですね。
他の分野の体の動きも良いものは取り入れようと思っています。
私の大尊敬する合気道の創始者でもある植芝盛平翁は他の分野のことをどんどん合気道に取り入れていたそうです。
世界レベルの達人でさえ、他流から学んでいたのですね。
ですから、EngawaYogaスタジオでのクラスでもどんどん良いものは取り入れていこうと思っています。
いろんなコラボレーションからも、総合的に動ける野生的な身体が生まれてくるのだと思っています。
ENQAN、身体操作を通じて新しいことをしていくこと…
純粋なこと、本質的なこと、ど真ん中のことをしていきたいですが、新しいこともしていきたい。
奇をてらったことはしていきたくない。それは不調和です。
直観的にやっと方がいいぞということはやっていきたい。
波動の法則でも書かれているように直観は真我からのメッセージです。
エゴを薄めていき、直観をどんどん活かしていきたいですね。
その直観の行動から、新しいことが出て来るのを待ちたい。そんな気持ちです。
ENQAN(旧BTY)のクラスもそんなスタンスで私は開催しております。
才能というのは自分のことを信じる、信頼することから始まります。
信頼できないことから芽は出て来ません。
信頼をすることから始まります。
信じることは気持ちの問題です。
根拠はありません。
根拠がないのがいいのです。
私は私を信じる、なぜならば、私が信じてるから。以上。
このような信じる力が大事です。
何をするかは後からです。
根拠があって信じていると、その根拠が崩れた時に終了です。
根拠なく、私が私を信じるということだけでいい。
そんな風にしてとことん極めた先に、それぞれの世界が広がっているのだと感じます。
ENQAN(旧BTY)をやっていて感じるのは、人の身体は無限ということ
人の身体の可能性は無限です。
私自身が自分の成長からそう感じています。
システムエンジニアをやって趣味程度で始めたヨガが、ここまで身体が動くようになり、瞑想も深まり、読書や諸先輩からの学びを活かして(全部は難しいですが)、生きる力と知恵が磨かれていることに驚きを隠せません。
ヨガのおかげだと思っています。
ENQAN(旧BTY)をやっててこそ、身体は無限なんだと感じています。
可能性が無限でも時間は有限ですし、1日1日は過ぎ去っていきます。
だから、今ここでできることを精一杯やっていくという単純極まりない結論になるのです。
今にしか時間はありませんので、今やることがすべてになります。
過去に実践することも、未来を先取りして課題をクリアにしておくことはできず、今取り組んでいることが全てであり、それ以外は存在しません。
成長というのは突然やってきますが、その成長自体はたくさんの研磨から生まれてきます。
ヨガやSIQAN、ENQAN(旧BTY)への研鑽がなくては突然の成長はやってきませんが、成長はいきなり成長するので、いつ”ドカン”が来るかがわからないのです。
わからないので、今やり続けるのです。いまここの実践です。
期待をしすぎず、諦めず、そして継続することです。
たまには怠けてしまうこともあるかもしれませんが、それでも継続です。
継続した人に必ずプレゼントがあるのが、楽しいところですね。
これからも、ENQAN(旧BTY)や瞑想をとことん継続していきますので、遊びにきてください。
終わりに:才能が開花するのは、その人の強みと弱みの両方が活かされた時
才能とは、単純に何かに秀でたことではないです。
結果として秀でていくというものです。
なぜなら、才能は努力をして開花できるものではないからです。
対象となるものに一定時間のとんでもない集中と考えられないほどの練習があっての才能開花ですが、努力だけではどうにもならないのが才能です。
才能はすでに備わっているものだからです。
才能があればあるほどに、才能を使わなかったときに自分を蝕んでいきます。
才能がある人の方が危険で大変な旅に人生はなるのだと思います。
才能を信じるのは自分です。
自分以外にいません。
自分を信じる力がないと才能は開花されません。
その源泉は情熱です。
理由なき情熱こそ才能開花のエネルギー源になります。
情熱の源泉は他者から与えられるわけがありません。
自らの中にしか情熱の源泉となる油田はないのです。
人は強みと弱みとあると思います。
才能開花は強みと弱みの両方があって成立します。
環境の弱みもあるかもしれませんし、身体的な弱みもあるかもしれません。
強みをところん強靭なものにしてくれるように弱みがサポートしてくれているのです。(人間関係もそうかもしれません)
強みと弱みを受けれて、そこから立ち上がってくる才能を伸ばす継続こそ、本当に大事な継続だと思っています。
継続なきところに、何も築くことはできないのです。
FAQ
Q1. ヨガには宗教的なイメージがあって不安なのですが、ENQAN(旧BTY)はどうですか?
A1. ENQANは、宗教色を極力排除したメソッドです。一般的なヨガクラスで行われるようなサンスクリット語のマントラ(お経のような唱和)やチャンティングは行いません。アサナ(ポーズ)の練習に没頭し、身体を整えることにフォーカスし、目指すはフロー体験という境地です。そのように肉体に特化しているため、初心者の方でも抵抗なく取り組んでいただけます。
Q2. クラスではどのようなポーズを練習しますか?
A2. 太陽礼拝から始まり、逆転のポーズ(ハンドスタンドなど)や後屈のポーズを多く取り入れるのが特徴です。これは「沈むよりも飛んでいたい」という精神性を大切にしているためで、ダイナミックに動くことでエゴを削ぎ落とし、心身を「軽く」していくことを目指します。
Q3. 体が硬くても、野生的な身体を目指せますか?
A3. はい、可能です。ENQANでは「人の身体の可能性は無限である」と考えています。講師自身も元々はシステムエンジニアであり、練習を積み重ねることで身体の変化を実感してきました。今の柔軟性に関わらず、自分の強みと弱みの両方を受け入れ、継続して研磨することで、誰でも本来の野生的な身体能力を引き出すことができます。まずは継続です。




