第3講:「本物」が消えた世界 – ディズニーランドとSNSに学ぶ”超”現実

ヨガを学ぶ

あなたが最後に「現実」を感じたのは、いつだったでしょうか。

少し奇妙な問いに聞こえるかもしれません。私たちは毎日、現実を生きている、と信じているからです。しかし、ボードリヤールの思想に触れると、その当たり前だと思っていた「現実」という地面が、少しずつ揺らいでいくのを感じるはずです。

彼の思想の中でも、特に有名で、そして刺激的な概念が「シミュラークル」と「ハイパーリアル」という言葉です。これらを理解するために、まずは身近な例から考えてみましょう。

多くの人が訪れるであろう、ディズニーランド。あそこにある「ウエスタンランド」は、19世紀アメリカの西部開拓時代をモデルにしています。しかし、それは歴史的な事実を忠実に再現したものではありません。むしろ、ハリウッドの西部劇映画が描いてきた「かくあるべき西部」のイメージを、完璧に具現化したものです。そこには、本物の西部が持っていたであろう泥臭さや危険、混沌といった要素はきれいに取り除かれ、誰もが安心して楽しめる、理想化された「西部らしさ」だけが存在します。

 

ハイパーリアル

ボードリヤールは、このような状況を「ハイパーリアル(超現実)」と呼びました。それは、本物(オリジナル)よりも、もっと「それらしい」現実のことです。ハイパーリアルの例では「ALWAYS 三丁目の夕日」も非常に洗練されたものになるでしょう。

私たちはもはや、本物のアメリカ西部がどうだったかを知りません。私たちの頭の中にあるのは、映画やディズニーランドが作り上げたイメージだけです。そして、そのイメージの方が、ごちゃごちゃした現実の歴史よりも、よほど「リアル」に感じられてしまう。ここに、本物とコピーの関係が逆転するという、現代の奇妙な現象があります。

 

本物なきコピー

この「本物なきコピー」のことを、ボードリヤールは「シミュラークル」と名付けました。かつて、コピーは必ず本物(オリジナル)を元にして作られていました。絵画の模写を考えれば分かりやすいでしょう。しかし、現代社会では、もはやオリジナルが存在しないコピー、あるいはコピーがコピーを生み出すような状況が至る所で見られます。

その最も巨大な実験場が、インターネットとSNSの世界です。

あなたがインスタグラムのフィードを眺めているとします。そこには、完璧な光で撮影され、フィルターで美しく加工された、友人のランチの写真が並んでいる。それは、彼女が体験した「現実のランチ」そのものではありません。それは、現実の中から「美味しそう」「お洒落」といった要素だけを抽出し、編集し、再構成した「ランチのイメージ」です。つまり、シミュラークルです。

私たちは、そうした無数のシミュラークルに日々接するうちに、次第に現実そのものと、現実のイメージとの区別がつかなくなっていきます。そして、いつしか「現実の体験」そのものよりも、それをいかに魅力的な「イメージ(シミュラークル)」として記録し、他者と共有するか、ということに重きを置くようになります。旅行先で、風景をじっくり味わうことよりも、「映える」写真を撮ることに夢中になってしまう心理は、まさにこの現れと言えるでしょう。その虚構の世界から離れられなくなっているも大勢います。虚構だと知らないまま迷い込んで現実だと思い込んでいる人も大勢います。

こうして、私たちの世界は、現実のコピーであるはずのイメージによって覆い尽くされ、そのイメージの方が現実よりも力を持つ「ハイパーリアル」な空間へと変貌していくのです。

 

今までもずっとハイパーリアルはあった

この思想は、決して目新しいものではありません。古くは古代ギリシャのプラトンが、私たちの見る世界は真の実在(イデア)の「影」に過ぎないと考えました。また、東洋に目を向ければ、荘子の有名な「胡蝶の夢」の逸話があります。蝶になった夢を見た荘子は、目が覚めた後、「自分は蝶になった夢を見ていたのか、それとも今の自分は、蝶が見ている夢なのか」と分からなくなってしまった、という話です。現実と虚構の境界線が曖昧になるという問いは、人類が古くから抱えてきた根源的なテーマなのです。

では、このシミュレーション化された世界の中で、私たちはどこに確かな足場を見つければよいのでしょうか。ここで再び、ヨガの智慧が輝きを放ちます。

ハイパーリアルなイメージの洪水の中で、決してシミュレーションされ得ない、ごまかしのきかない「オリジナル」とは何か。それは、あなたの「身体」と「呼吸」です。

どれだけ美しい食事の写真を加工しても、実際にそれを食べたときの舌の感覚や、胃が満たされる感覚は、イメージでは再現できません。どれだけ完璧なヨガポーズの写真を投稿しても、そのポーズの中で感じる筋肉の伸びや、呼吸の深さは、本人にしか分かり得ない絶対的な「現実」です。

ヨガのマットの上は、いわばこのハイパーリアルな世界からの避難所(シェルター)です。そして同時に、現実感覚を取り戻すための道場でもあります。

マットに手や足が触れる感触。吸う息で胸が広がり、吐く息で身体が大地に沈んでいく感覚。額を流れる一筋の汗。これらは全て、誰にも編集されることのない、加工不可能な、あなただけのオリジナルな体験です。

SNSのフィードを眺めて、他人の「編集された現実」と自分を比べて落ち込んでしまったとき。メディアが作り出す「理想の暮らし」のイメージに、自分の現実がみすぼらしく感じてしまったとき。一度、スマートフォンの電源を切り、静かにマットを広げてみてください。そして、ただ自分の呼吸に耳を澄ませてみる。そして、シミュラークルから離れてみる。

吸って、吐いて。

その繰り返されるリズムの中にこそ、あらゆるシミュラークルの基盤となる、揺るぎない生命の現実が存在します。この身体という、唯一無二のオリジナルに立ち返ること。それこそが、本物が見えにくくなった現代社会を、自分自身の足で歩いていくための、最も確かな拠り所となるのです

 

ヨガの基本情報まとめの目次は以下よりご覧いただけます。

 


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。