1.3 神話の世界を旅する:神々の物語を読み解く

ヨガを学ぶ

私たちは、遥か彼方の古代に思いを馳せるとき、しばしば巨大な石の建造物や、土に埋もれた遺物の姿を心に描きます。しかし、古代の人々が後世に遺した最も豊かで、最も生命力に満ちた遺産は、形あるものではなく、語り継がれてきた「物語」の中にこそ息づいているのかもしれません。とりわけ、ヴェーダの神々が織りなす神話の世界は、単なる空想の産物や、未開な精神が生み出した素朴な寓話ではありません。それは、古代インドのアーリア人たちが、この世界をどのように感じ、宇宙をいかに捉え、そして自らの生と死をどう意味づけていたのかを、鮮やかに映し出す巨大な鏡なのです。

現代に生きる私たちが、なぜ三千年以上も前の神々の物語に耳を傾ける必要があるのでしょうか。それは、この情報過多で、あらゆるものが数値化され、効率化されていく時代の中で、私たちがどこかに置き忘れてきてしまった「何か」を、神話が思い出させてくれるからに他なりません。神々の物語は、合理的な思考の光が届かない、私たちの意識の深層、いわば「心の縁側」のような場所に静かに座り、世界の成り立ちや人間存在の根源について、詩的な言葉で語りかけてきます。

この章では、ヴェーダ神話という広大な森へと分け入り、そこに生きる神々の息吹を感じながら、彼らの物語を丁寧に読み解いていきましょう。それは、古代人の精神世界を旅することであると同時に、私たち自身の内なる宇宙の地図を描き出す、驚きに満ちた探求の旅となるはずです。

 

ヴェーダの神々:自然の力と宇宙の秩序

ヴェーダの神々、すなわちデーヴァ(Deva)たちは、ギリシャ神話の神々のように、常に明確な人間的個性を持つわけではありません。彼らの多くは、自然界の雄大な力、例えば雷、火、風、太陽といった現象そのものが神格化された存在です。しかし、彼らは単なる自然現象の擬人化に留まるものではありません。神々は、宇宙の根源的な秩序である「リタ(ṛta)」を維持し、人間社会の営みを見守り、そして祭祀(ヤグニャ)を通じて人間からの呼びかけに応える、人格的な側面を併せ持つのです。

この神々と人間の関係性は、一方的な信仰や服従の関係というよりは、むしろ双方向的なコミュニケーション、ある種の「契約関係」に近いものでした。人間は祭壇に火を灯し、神々への賛歌(マントラ)を唱え、供物(特にソーマという神秘的な飲料)を捧げます。それに応えて、神々は人間に幸運、富、子孫、勝利といった恩恵をもたらすのです。この儀式を中心とした相互依存関係こそが、ヴェーダ時代の人々の世界観の根幹をなしていました。

神々は、その活躍する領域によって、天空(ディヤウ)、空界(アンタリクシャ)、地界(プリティヴィー)の三つに大別されることもあります。しかし、その境界は流動的で、一人の神が複数の領域にまたがってその力を発揮することも珍しくありません。これから、この万神殿(パンテオン)を代表する、特に重要な神々の姿を追ってみましょう。

 

インドラ(Indra):雷霆を振るう、英雄神の肖像

ヴェーダ神話の主役は誰かと問われれば、多くの人がインドラの名を挙げるでしょう。『リグ・ヴェーダ』に収められた全賛歌のうち、実に四分の一が彼に捧げられていることからも、その絶大な人気と重要性が伺えます。インドラは、手にヴァジュラ(Vajra)と呼ばれる金剛杵(こんごうしょ、雷霆を象徴する武器)を握り、二頭の馬が引く戦車に乗って空を駆ける、力と勝利の象徴です。

 

宿敵ヴリトラとの闘争

インドラの最も輝かしい功績は、宇宙的な混沌の象徴である巨大な竜(あるいは蛇)、ヴリトラ(Vṛtra)を打ち破った物語に集約されています。神話によれば、ヴリトラは世界のすべての水をその巨大な体内に溜め込み、山々に閉じこもってしまいました。水が枯渇し、世界は旱魃(かんばつ)に見舞われ、生命は死の危機に瀕します。他の神々が恐怖に慄く中、インドラだけが敢然と立ち向かいました。

彼は神々の飲料であるソーマを浴びるように飲み干して力を増大させ、戦車を駆ってヴリトラのもとへ向かいます。天を引き裂くような激しい戦いの末、インドラはヴァジュラをヴリトラに叩きつけ、その体を貫きました。ヴリトラが倒れると、その体内から塞き止められていた水が解放され、川となって大地を潤し、世界に再び生命が満ち溢れたのです。

この物語は、単なる英雄譚ではありません。ヴリトラは「障害」「覆い隠すもの」を意味し、生命の源である「水」を堰き止める旱魃の象徴です。インドラがヴリトラを倒す行為は、混沌(カオス)を打ち破り、宇宙に秩序(コスモス)をもたらす「宇宙創生的」な行為として解釈されます。それは、季節の循環、特にモンスーンによって雨がもたらされ、大地が再生するという、インド亜大陸の自然のリズムそのものを神話化したものと言えるでしょう。

 

アーリア人の理想像として

また、インドラの姿には、中央アジアからインドへと移住してきた古代アーリア人の、荒々しくも生命力に満ちた社会の理想像が投影されています。彼は戦士階級(クシャトリヤ)の守護神であり、部族間の争いに勝利をもたらす神として崇拝されました。ソーマを愛し、豪快に飲み、戦いに赴くその姿は、力強く、勇敢で、現世的な富や名誉を求める、当時の人々の価値観を色濃く反映しているのです。

しかし、後の時代になると、インドラの英雄的な側面は影を潜め、時に傲慢で、修行者の邪魔をするなど、やや人間臭い、欠点のある神として描かれるようになります。これは、ヴェーダの儀式中心の宗教から、ウパニシャッドの内省的な哲学、さらにはヒンドゥー教の新たな神々(シヴァやヴィシュヌ)へと信仰の中心が移り変わっていく、インド思想史の大きな流れを象徴しています。

現代の私たちにとって、インドラの物語は、自らの内にある「ヴリトラ」、すなわち成長を妨げる障害や恐怖、固定観念といったものを打ち破る勇気の象徴として読むことができます。変化を恐れず、内なる力を信じて行動を起こすとき、私たちは皆、自分自身のインドラとなり、新たな生命の水を解放することができるのかもしれません。

 

アグニ(Agni):神々と人間を繋ぐ、聖なる炎

もしインドラがヴェーダ神殿の「王」であるならば、アグニはその「祭官」であり、最も身近で、最も不可欠な神です。アグニとは、サンスクリット語で「火」そのものを意味します。彼は、祭壇で燃え盛る祭火として、人間が捧げた供物を煙に変え、天上にいる神々のもとへと届ける聖なる使者でした。

 

遍在する神聖な力

アグニの賛歌は、『リグ・ヴェーダ』の冒頭を飾ります。これは、いかなる儀式も、まずアグニを祭壇に灯すことから始めなければならなかったことを示しています。アグニなくして、神々とのコミュニケーションは成立しません。彼は神々の「口」であり、人間と神聖な領域とを結ぶ唯一の架け橋でした。

アグニの興味深い点は、その多様な姿、すなわち遍在性にあります。彼は地上の祭壇の火であると同時に、空界における雷火(稲妻)であり、天空における太陽でもあります。さらには、水の中に(潜在的な形で)存在し、木と木を擦り合わせることで生まれる火とも考えられていました。また、各家庭のかまどに宿る火として、家を守り、人々の暮らしに寄り添う親密な神でもあったのです。

このように、アグニは宇宙のあらゆる場所に、様々な形で存在する、根源的なエネルギーの象徴と見なされていました。彼は、闇を払い、不浄を焼き尽くす浄化の力を持ち、また、供物を変容させて神々への糧とする、変容の力も司ります。

 

叡智の光として

アグニは単なる物理的な火に留まりません。彼は「カヴィ(kavi)」、すなわち詩人、賢者とも呼ばれ、神聖な知識やインスピレーションの源泉とも考えられていました。祭官たちは、アグニの炎を見つめながら神々への賛歌を詠み、宇宙の真理を洞察したのかもしれません。この側面は、後のヨガやタントラの伝統において、内なる目覚めや悟りの光を「知恵の火(jñānāgni)」と呼ぶ思想へと繋がっていきます。

アグニの物語は、私たちに「つながり」と「変容」の重要性を教えてくれます。私たちの内側にも、アグニのような聖なる火が燃えているのではないでしょうか。それは、日常の雑多な思考や感情という「供物」を受け取り、それをより高い次元の気づきやエネルギーへと変容させる力です。他者や世界と断絶していると感じるとき、あるいは自分自身を変えたいと願うとき、私たちは内なるアグニに意識を向け、その炎を丁寧に育むことで、新たな道を見出すことができるのかもしれません。

 

ヴァルナ(Varuna):宇宙の秩序「リタ」を司る、畏怖すべき神

インドラが力と行動の神であるならば、ヴァルナは静謐(せいひつ)と秩序の神です。彼はヴェーダ神話の中でも最も古層に属する神の一人であり、元々は広大な天空そのものを神格化した存在でした。その名は「覆うもの」を意味し、すべてを包み込む天空のように、彼の視線は世界の隅々にまで及ぶと信じられていました。

 

宇宙法則の守護者

ヴァルナの最も重要な役割は、宇宙の根本的な秩序であり、自然法則と道徳法則の両方を含む「リタ(ṛta)」の守護者であることです。リタとは、太陽が東から昇り西に沈み、季節が巡り、星々が規則正しく運行する、といった宇宙の不変のサイクルのことです。同時に、それは人間社会における真実、正義、契約といった倫理的な秩序をも意味します。

ヴァルナは、千の目を持つスパイを世界中に放ち、人々の行いを昼夜を問わず監視しています。彼に隠し事をすることはできません。リタに背く者、すなわち嘘をついたり、契約を破ったりする者に対して、ヴァルナは「パーシャ(pāśa)」と呼ばれる縄を投げかけ、罰として病気や災いをもたらします。そのため、ヴァルナは人々から深く畏怖される、厳格で恐ろしい神でした。

『リグ・ヴェーダ』には、ヴァルナの怒りを恐れ、罪の許しを請う、切々とした賛歌が数多く残されています。人々は、自分が意識的、あるいは無意識的に犯した罪を告白し、ヴァルナの慈悲を乞い願ったのです。

「おお、ヴァルナよ、我らが祖先の犯した罪を、また我ら自身が犯した罪を、どうかお許しください。」(リグ・ヴェーダ 7.86.5より意訳)

この倫理的な側面は、ヴェーダ神話において非常に特徴的です。ヴァルナは、後のインド思想における「ダルマ(dharma、法・義務)」や「カルマ(karma、業)」の観念の源流と見なすことができます。

 

契約の神ミトラと共に

ヴァルナはしばしば、ミトラ(Mitra)という神と一対の神格「ミトラーヴァルナ」として讃えられます。ミトラは「契約」「盟友」を意味し、主に昼の光、そして人間社会における友好関係や約束事を司る、穏やかな神です。厳格で夜の天空を象徴するヴァルナと、温和で昼の光を象徴するミトラ。この二神が対となって、宇宙と人間社会のあらゆる秩序を維持していると考えられていました。

後の時代、インドラの武勇伝が人気を博すにつれて、ヴァルナの存在感は相対的に薄れていきます。しかし、彼が象徴する宇宙的な倫理観や、自己の行動に対する責任という観念は、インド思想の根底に深く流れ続けることになりました。ヴァルナの物語は、私たちに「見られている」という感覚を思い出させます。それは誰か他者からの監視の目ではなく、自分自身の内なる良心、あるいは宇宙の普遍的な法則の目です。自らの言動に誠実であること、そして宇宙の大きな流れと調和して生きることの重要性を、ヴァルナは静かに、しかし厳かに語りかけているのです。

 

神々の饗宴:その他の個性豊かな神々

ヴェーダの万神殿は、これら三柱の神だけではありません。他にも数多くの魅力的な神々が、神話の世界を彩っています。

  • スーリヤ(Sūrya): 太陽神。そのまばゆい光で闇を払い、すべての生命を育む存在。有名なガーヤトリー・マントラは、この太陽神の叡智の光を讃えるものです。

  • ウシャス(Uṣas): 暁の女神。ヴェーダの詩人たちが最も美しい言葉で讃えた女神の一人。毎朝、美しい乙女のように現れ、闇を追い払い、新たな一日の希望と生命の覚醒をもたらします。

  • ソーマ(Soma): 神秘的な植物であり、その茎を圧搾して作られる飲料の神格化。神々、特にインドラに不死と霊感、力を与える聖なる飲み物であり、ヴェーダの祭祀の中心的な役割を担いました。その正体については諸説あり、今なお謎に包まれています。

  • ヴァーユ(Vāyu): 風の神。目には見えないが、力強く、生命の息吹そのものであるプラーナ(prāṇa)と深く結びつけられています。

これらの神々は、それぞれが独立した存在でありながら、互いに関係し合い、時に協力し、時に役割を交換しながら、壮大な宇宙のドラマを繰り広げます。

 

結び:神話という叡智の海へ

ヴェーダの神々の物語を旅することは、古代人の素朴な信仰を覗き見ることではありません。それは、彼らが自然の中に、そして宇宙全体に感じ取っていた、畏怖すべき、そして調和に満ちた生命のネットワークに触れる体験です。インドラの力動、アグニの変容、ヴァルナの秩序。これらの神性は、自然界の力であると同時に、私たちの心の内に秘められた可能性の原型(アーキタイプ)でもあります。

合理的な言葉だけでは捉えきれない世界の深みや、人間存在の豊かさを、神話は象徴と物語の力で私たちに伝えてくれます。それは、まるで乾いた大地に染み込む水のように、私たちの感受性を潤し、世界を再び新鮮な驚きをもって見るための視力を与えてくれるのです。

この神話の旅は、まだ始まったばかりです。次の章では、これらの神々がどのようにしてこの宇宙を創造したのか、リグ・ヴェーダが伝える壮大な宇宙創造の物語へと、さらに深く分け入っていくことにしましょう。

 

 

ヨガの基本情報まとめの目次は以下よりご覧いただけます。

 

 


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。