ヨガの流派(スタイル)というものは、一見すると複雑な迷宮のように見えるかもしれません。
あるスタジオでは汗だくになりながら激しく動き、またあるスタジオでは一つのポーズを彫像のように静止し続ける。
「一体どれが本当のヨガなのか?」と、戸惑うのも無理はありません。
しかし、心配はいりません。
山頂へ至る登山道がいくつもあるように、あるいは、無数の川が最終的に一つの海へと注ぎ込むように、すべてのヨガの流派は「自己との統合(サマディ)」という同じ場所を目指しています。と言われますが、全然異なるところ目指してもいますので、勉強しましょうというのが本音です。
その入り口が、身体の使い方の違いによって分かれているに過ぎないのです。と言う人もいますが、全然違う思想でやっていたりします。ホットヨガでも行ってみて質問してみてください。
今日は、現代において主流となっている主要なヨガの流派について、その歴史的背景や哲学的な特徴を交えながら、静かに紐解いていきましょう。
ご自身の性質や、今の身体の状態に響くスタイルを見つける手助けになれば幸いです。
ハタヨガ:すべての「動くヨガ」の源流まず、すべての基本となる「ハタヨガ」について触れなければなりません。
現在、世界中で行われている身体を動かすヨガ(アーサナを行うヨガ)は、ほぼすべてこのハタヨガの派生形です。
サンスクリット語で「ハ(Ha)」は太陽・吸う息・凝縮を、「タ(Tha)」は月・吐く息・拡大を意味します。
対極にある二つのエネルギー、陰と陽、身体と心を結びつけ、調和させること。それがハタヨガの本質です。
また、「ハタ」には「力(Force)」という意味もあります。
精神的な修養のために、まずは力強い意志を持って肉体を鍛錬し、エネルギーの器を整えるという思想が根底にあります。
現代のスタジオで「ハタヨガ」と冠されているクラスは、特定の流派に偏らず、基本的なポーズを一つひとつ丁寧に行うスタイルを指すことが一般的です。
ヨガの基礎を学びたい方、動くヨガの原点に触れたい方は、まずここから始めるとよいでしょう。
もくじ.
アシュタンガヨガ:呼吸と動作が織りなす動的な瞑想
南インドのマイソールという地で、シュリ・K・パタビジョイス師によって体系化された、非常にエネルギッシュな流派です。
このスタイルの最大の特徴は、「アシュタンガ(八支則)」の実践を、身体を通して行う点にあります。
ポーズの順番(シークエンス)が厳格に決まっており、太陽礼拝から始まり、立位、座位、逆転へと、途切れることなく流れるように動きます。
ここで重要になるのが「トリスターナ(3つの柱)」です。
ウジャイ呼吸(喉の奥を鳴らす胸式呼吸)
バンダ(体内のエネルギーをロックする締め付け)
ドリスティ(視点の固定)
この3つを同時に行うことで、身体の内側に強力な熱を生み出し、浄化を促します。
決まった型を反復練習することで、自身の身体や心の微細な変化に気づくことができる、「動く瞑想」とも呼ばれるスタイルです。
自己規律を重んじ、ストイックに身体と向き合いたい方に適しています。
アイアンガーヨガ:解剖学的な正しさとアライメントの追求
アシュタンガヨガのパタビジョイス師と同じく、現代ヨガの父と呼ばれるクリシュナマチャリア師を師に持つ、B.K.S.アイアンガー師によって創始されました。
世界的ベストセラー『ハタヨガの真髄(LIGHT ON YOGA)』の著者としても知られています。
アイアンガーヨガの特徴は、何と言ってもその精密さです。
「アライメント(姿勢の整列)」を極めて重視し、骨格や筋肉が解剖学的に正しい位置にあるかを厳密に調整します。
そのために、ブロック、ベルト、ブランケット、椅子といった「プロップス(補助具)」を積極的に使用します。
これにより、身体が硬い人や高齢者、故障を抱えている人でも、無理なくポーズの恩恵を受け取ることができます。
ポーズのキープ時間は長めで、身体の細部への意識を極限まで高めることで、精神の集中と静寂をもたらします。
身体の構造を深く理解したい方、怪我なく安全にヨガを深めたい方におすすめです。
ダーマヨガ:献身とハートオープニング
ニューヨークを拠点とする現代のヨガマスター、シュリ・ダーマ・ミトラ師によって創設されたスタイルです。
このスタイルの特徴は、後屈(バックベンド)の多さに象徴される「胸を開く(ハートオープニング)」動きです。
物理的に胸を開くことは、心を開くこと(アナハタ・チャクラの活性化)に直結しています。
流れるような動きの中に、ダイナミックな逆転のポーズなどが組み込まれますが、その根底に流れているのは「献身(バクティ)」の精神です。
すべての生きとし生けるものへの慈悲と、神聖なものへの捧げ物としてアーサナを行う。
その精神性が、実践者の内側から輝くようなエネルギーを引き出します。
ジバムクティヨガ:音楽と哲学、そして解放へ
デヴィッド・ライフとシャロン・ギャノンによってニューヨークで設立されました。
彼らはアシュタンガヨガを背景に持ちながら、ヨガを単なるエクササイズではなく、「生き方」として提示しました。
「ジバムクティ」とは、「生ける解脱者(生きながらにして自由になった魂)」を意味します。
特徴的なのは、クラスの中で音楽(時に生演奏)が重要な役割を果たすこと、そして古代の聖典の教えや、動物愛護(ヴィーガン)、環境問題への言及など、社会的なメッセージ性が強いことです。
身体を激しく動かすヴィンヤサスタイルでありながら、マントラを唱え、知性を刺激し、精神的な高揚感をもたらします。
現代的なカルチャーと伝統的な哲学を融合させた、都会的でアーティスティックなヨガと言えるでしょう。
アヌサラヨガ:恩寵と共に流れる
アメリカのジョン・フレンド氏によって考案されたスタイルです。
アヌサラとは「恩寵と共に流れる」「自然のままに」といった意味を持ちます。
アイアンガーヨガの解剖学的な知識をベースにしつつ、より流動的でダイナミックな動きを取り入れています。
「3つのA」と呼ばれる指針があります。
Attitude(心構え・精神性)
Alignment(姿勢の整列)
Action(エネルギーの流れ・行動)
特にタントラ哲学の影響を受け、「本来、すべての存在は善である」という性善説的な肯定感に基づいています。
胸を開くポーズが多く、身体の内側から湧き出る喜びを表現することを大切にします。
キープ時間は比較的短めで、解剖学的なアプローチと精神的な高揚感をバランスよく味わいたい方に人気があります。
ビクラムヨガ:ホットヨガの元祖
インドのカルカッタ出身、ビクラム・チョードリー氏によって考案された、「ホットヨガの元祖」とも言えるスタイルです。
室温40度、湿度40%という、インドの気候を模した過酷な環境の中で行われます。
最大の特徴は、世界共通の「26種類のポーズと2つの呼吸法」を、毎回同じ順番で90分間行うことです。
ここには一切のアレンジや変更はありません。
鏡を見ながら、自分自身と対峙し、汗と共に老廃物を排出する。
世界大会も開催されるなど、ある種の競技性や厳格な規律を持っています。
サウナのような環境で、精神的なタフさと肉体的な浄化を徹底的に追求するスタイルです。
ホットヨガ:現代人のためのデトックスとリフレッシュ
ビクラムヨガから派生し、日本を含む世界中で爆発的に普及したのが、一般的な「ホットヨガ」です。
高温多湿の環境で行うという点はビクラムと同じですが、よりカジュアルで多様性があります。
ビクラムのような厳密なポーズの規定はなく、スタジオごとにオリジナルのメニューが組まれることが一般的です。
多くの場合、安全性を考慮して、首への負担が大きい逆転のポーズなどは行われません。
大量の発汗による爽快感、冷え性の改善、デトックス効果など、現代人の健康ニーズやストレス解消にマッチしたスタイルと言えます。
ヨガの哲学的な側面よりも、まずはフィジカルな爽快感や美容効果を求める入り口として機能しています。
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クリパルヨガ:ありのままの自分を受け入れる
アメリカのクリパルセンターで発展したスタイルで、日本では佐藤寿昭(としろう)先生がその普及に尽力されています。
「意識のヨガ」とも呼ばれ、ポーズの完成度よりも、その瞬間に起きている身体感覚や感情の動きに意識を向けることを重視します。
ポーズをキープしながら、内側から湧き上がってくる衝動に身を委ねる「メディテーション・イン・モーション(動く瞑想)」へと深めていきます。
正しい形を作ろうとするのではなく、今の自分に何が起きているかをジャッジせずに観察する。
心理療法的な側面も持ち合わせており、自己受容や内面的な癒しを求める方に深く静かに浸透しています。
インヨガ:静寂の中で結合組織に働きかける
ここまで紹介した多くが、筋肉を使い熱を生み出す「陽」のヨガだとすれば、インヨガはその対極にある「陰」のヨガです。
中国の陰陽五行説の思想を取り入れ、筋肉の力(陽)を抜き、骨と骨をつなぐ結合組織や筋膜、関節といった深層部(陰)にアプローチします。
一つのポーズを3分から5分、時にはそれ以上、力を抜いた状態でキープし続けます。
これにより、経絡(気の通り道)の詰まりを取り除き、エネルギーの流れを整えます。
動きがない分、内面的な対話や静寂が訪れやすく、非常に瞑想的な時間となります。
忙しない日常を送る現代人にとって、この「何もしないで待つ」という時間は、心身のバランスを取り戻すための極上の薬となるでしょう。
終わりに:形にとらわれず、本質へ
いかがでしたでしょうか。
アシュタンガのように厳格な規律の道もあれば、クリパルのように内なる声に従う道もあります。
汗を流して浄化する道もあれば、静かに留まる道もあります。
しかし、どの道を選んだとしても、最終的に辿り着くのは「今、ここにある自分」との再会です。
大切なのは、どの流派が優れているかという議論ではありません。
今のあなたの呼吸が、どのスタイルであれば心地よく深まるか。
ただそれだけを羅針盤に、自由にヨガの海を泳いでみてください。
縁側に座り、移ろいゆく季節を眺めるように。
ご自身の変化に合わせて、その時々に必要なヨガを選び取っていけばよいのです。
さあ、今日はどのマットの上で、ご自身と対話してみましょうか。


