阿字観瞑想と日々の修練:瞑想を習慣とするあなたへ

MEDITATION-瞑想

すでに瞑想を日課とし、その静寂の中に身を置くことの価値を深く理解されているあなたにとって、阿字観(あじかん)は新たな地平を開く、あるいは既存の実践をより深めるための豊かな示唆を与えてくれるかもしれません。ヴィパッサナー、サマタ、坐禅、マントラ瞑想など、様々な瞑想法がありますが、阿字観は真言密教特有の宇宙観と身体観に根ざした、極めてユニークなアプローチを提供します。

 

既存の瞑想実践と阿字観の接点と相違点

多くの瞑想法は、呼吸への集中、身体感覚の観察、あるいはマントラの反復などを通じて、心の平静(サマタ)や洞察(ヴィパッサナー)を目指します。これらの実践は、思考の連鎖を断ち切り、今この瞬間に意識を留める訓練として非常に有効です。

阿字観もまた、心を一点に集中させるという点では共通していますが、その対象が極めて象徴的かつ能動的な「観想」である点が特徴的です。具体的には、月輪(がちりん)に描かれた梵字の「阿(ア)」字を心にありありと描き出し、その意味を深く観想し、自身と一体化していくプロセスを経ます。これは、単に「無になる」ことを目指すのではなく、宇宙の根源的エネルギーの象徴である「阿」字と積極的に関わり、自己の内にそのエネルギーを顕現させようとする試みです。

もしあなたがマントラ瞑想を実践しているなら、「阿」字が種子字(しゅじ、ビージャ・マントラ)として大日如来の本質を凝縮している点は興味深いでしょう。また、坐禅で「只管打坐(しかんたざ)」や公案に取り組んでいるなら、阿字観における「阿字本不生(あじほんぷしょう)」という概念――「阿」字は万物の根源であり、生じも滅びもしない――は、禅の「不生禅(ふしょうぜん)」や「無字の公案」などと響き合う部分を見出せるかもしれません。

 

阿字観における「観」の深さ

阿字観の「観」は、単にイメージを思い浮かべる以上の意味を持ちます。それは、三密加持(さんみつかじ)という密教の根本的な行法と深く結びついています。三密とは、身密(身体的行い、印を結ぶなど)、口密(言語的行い、真言を唱える)、意密(心意的行い、観想する)の三つを指し、これらを仏の三密と一致させることで、行者自身が仏と一体化し、即身成仏(そくしんじょうぶつ)が実現するとされます。

阿字観においては、

  • 身密:正しい姿勢(法界定印など特定の印を組むことも)

  • 口密:場合によっては「ア」の音を微細に唱える(主に意密が中心)

  • 意密:「阿」字と月輪を観想し、その本質を理解し、自身と融合させる

この意密としての「観」は、対象を客観的に観察するだけでなく、対象そのものになりきる「成り観」の要素を含みます。つまり、行者は「阿」字を観想する中で、自身が「阿」字そのものであり、大日如来そのものであるという境地を目指すのです。これは、観察者と被観察者の二元性を超え、主客合一の体験へと導くものです。

 

東洋思想における「空」と阿字観の「阿字本不生」

瞑想実践者であれば、「空(くう、Śūnyatā)」の概念に触れたことがあるでしょう。般若心経に説かれるように、「色即是空 空即是色(しきそくぜくう くうそくぜしき)」――形あるものはすべて実体なく空であり、空であるからこそあらゆる形をとりうる――という思想は、大乗仏教の核心です。

阿字観の根本にある「阿字本不生」の理念は、この「空」の思想と深く結びついています。「阿」はアルファベットの最初の音でありながら、言語以前の、分別が生まれる以前の、絶対的な「不生」の境地を示します。これは、現象世界の絶え間ない生成消滅の背後にある、変化しない本質、あるいはあらゆるものを生み出す可能性としての「空」そのものを象徴していると言えます。

この「阿字本不生」を体感することは、日常の出来事に一喜一憂し、自己のアイデンティティを固定的なものと捉えがちな私たちにとって、大きな解放をもたらす可能性があります。あらゆるものは縁起によって仮に成り立っているに過ぎず、その本性は不生不滅の「阿」であると知ることで、現象への執着が薄れ、より自由で柔軟な心のあり方が育まれるでしょう。

 

阿字観を日々の実践に取り入れる

すでに瞑想習慣のあるあなたが阿字観を取り入れる場合、以下の点を考慮するとよいでしょう。

  1. 準備と導入:まずは既存の瞑想法で心を落ち着け、呼吸を整えます。その上で、阿字観の観想へと移行します。

  2. 観想の深化:「阿」字の色、形、輝きをありありと観じるとともに、その象徴する意味(宇宙の根源、自己の仏性、不生不滅など)を心で深く味わいます。

  3. 一体化の体験:観想する「阿」字と自己との境界が溶け合い、自身が「阿」字そのものとなり、宇宙全体と共鳴する感覚を探求します。

  4. 日常への展開:瞑想後も、「阿」字の感覚を日常生活の中に持ち越し、万物の中に「阿」の響きを感じるよう努めます。

阿字観は、単なる技法ではなく、世界観そのものを変容させる可能性を秘めた行法です。それは、私たち自身の身体が小宇宙であり、大宇宙と照応しあっているという、東洋の伝統的な身体観・宇宙観を体感する道でもあります。弘法大師空海が目指した、この身このままで宇宙の真理と一体となる境地への扉は、あなたの日常の修練の中に、静かに開かれているのかもしれません。

それは、長年使い込んだ道具に新たな一面を発見するような、あるいは馴染みの庭にこれまで気づかなかった花が咲いているのを見出すような、新鮮な驚きと深まりをもたらす体験となるでしょう。阿字観が、あなたの瞑想の旅路をさらに豊かで実りあるものにする一助となれば幸いです。

 


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。