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巷には様々な「〇〇ヨガ」という名前が溢れていますが、私たちがスタジオで身体を動かしているヨガのほとんどは、その源流を辿れば「ハタヨガ(Hatha Yoga)」に行き着きます。
しかし、「ハタヨガとは何か?」と問われて、明確に答えられる人は意外と少ないかもしれません。
「ベーシックなヨガでしょ?」「ゆったり動くやつ?」
決して間違いではありませんが、それはハタヨガという巨大な氷山の一角に過ぎません。
今日は、この「ハタヨガ」について、歴史的な背景から本来の目的、そして現代社会における意義まで、少し腰を据えて、まとめてみたいと思います。
単なるエクササイズの解説ではなく、生きるための智慧としてのハタヨガを、静かに紐解いていきましょう。
もくじ.
言葉の意味:太陽と月を結ぶもの
まず、言葉の定義から入ります。
「ハ(Ha)」は「太陽」を意味し、「吸う息」「陽のエネルギー」「男性性」「活動」などを象徴します。
「タ(Tha)」は「月」を意味し、「吐く息」「陰のエネルギー」「女性性」「休息」などを象徴します。
そして「ヨガ(Yoga)」は「結ぶ」「統合する」という意味です。
つまりハタヨガとは、「自分の中にある太陽(陽)と月(陰)という対極のエネルギーをバランスよく結びつけ、統合する実践」のことです。
私たちは普段、このバランスを崩しがちです。
働きすぎて「陽」が過剰になれば興奮や怒りに支配され、休みすぎて「陰」が過剰になれば怠惰や鬱屈に支配されます。
そのどちらにも偏らず、真ん中(中庸)にある静寂な軸へと還っていくこと。
それがハタヨガの第一義的な目的です。
また、「ハタ」には「力(ちから)」「強引な」という意味もあります。
これは、心という捕まえどころのないものを、身体という「力(肉体的な修練)」を使ってコントロールしようとする、極めて実践的なアプローチであることを示しています。
「心を変えるのは難しいから、まずは身体から変えてしまおう」という、ある意味で非常に合理的なシステムなのです。
歴史的背景:ラージャヨガへの階段として
ハタヨガの起源は、中世インド(10〜13世紀頃)に遡ります。
それまでのヨガ(古典ヨガ)は、主に瞑想によって精神を統一する「ラージャヨガ(王のヨガ)」が主流でした。
しかし、ただ座って瞑想するというのは、多くの人にとって非常に難しいことです。
身体が痛くなったり、病気になったり、エネルギーが不足していては、深い瞑想になど入れません。
そこで、「まずは瞑想に耐えうる強靭で健康な肉体を作ろう」という目的で体系化されたのがハタヨガです。
経典『ハタ・ヨガ・プラディーピカ』には、「ハタヨガはラージャヨガ(解脱に至る瞑想)への階段である」と明記されています。
つまり、ポーズ(アーサナ)をとること自体がゴールなのではなく、その先にある「瞑想的な静寂」へ至るための準備こそがハタヨガの本質なのです。
現代では「ポーズができるようになること」が目的化してしまっている側面がありますが、本来は「ポーズをとることで身体の不純物を取り除き、快適に長時間座れるようになること」が目的なのです。
ポーズの美しさを競うものでは決してありません。
ハタヨガの構成要素:アーサナだけではない
ハタヨガは、アーサナ(ポーズ)だけで構成されているわけではありません。
主に以下の4つの柱で成り立っています。
アーサナ(Asana):
姿勢法。身体を整え、強さと柔軟性を養う。神経系を安定させる。
プラーナヤーマ(Pranayama):
調気法(呼吸法)。生命エネルギー(プラーナ)の流れをコントロールし、ナーディ(エネルギーの通り道)を浄化する。
ムドラ(Mudra)とバンダ(Bandha):
印と締め付け。エネルギーを体内に封じ込め、特定の方向へ流すための高度な技法。
シャットカルマ(Shatkarma):
浄化法。鼻うがい(ジャラネティ)や腸内洗浄など、肉体の内部を物理的に洗浄する方法。
これらを組み合わせることで、肉体という「器」を徹底的に磨き上げ、エネルギーの通りを良くしていきます。
現代のクラスではアーサナばかりが注目されますが、呼吸法や浄化法とセットで行うことで、初めてハタヨガの真価(エネルギー的な覚醒)が発揮されるのです。
現代社会とハタヨガ:なぜ今必要なのか
現代社会は、私たちの「自律神経」を乱す要因で溢れかえっています。
終わりのない情報通知、ブルーライト、将来への不安、人間関係のストレス。
これらは常に交感神経(陽)を刺激し続け、私たちを過緊張の状態に縛り付けています。
一方で、身体活動は減り、運動不足による肉体的な鬱積(陰)も溜まっています。
「頭はカッカして熱いのに、足腰は冷えて動かない」
これは、気(プラーナ)が逆上している状態、いわゆる「冷えのぼせ」の状態です。
ハタヨガの動きは、この逆転したエネルギー状態を正常に戻します。
深い呼吸と共に身体を動かすことで、頭に登った気を下に降ろし、下半身に溜まった血流を全身へ巡らせる。
強制的に「リセットボタン」を押すようなものです。
特に「吐く息」を意識するハタヨガのアプローチは、現代人に圧倒的に不足している副交感神経(リラックス)のスイッチを入れるための、最強の処方箋と言えるでしょう。
また、自分の身体を「丁寧に扱う」という体験自体が、現代人には必要です。
私たちは普段、自分の身体を「頭脳を運ぶためのタクシー」くらいにしか思っていません。酷使し、無視し続けています。
ハタヨガの時間だけは、自分の指先、足の裏、背骨の一つひとつに意識を向け、慈しみを持って接する。
その「自己への優しさ」が、枯渇した自己肯定感を内側から満たしてくれます。
スピリチュアルな視点:エネルギーの昇華
最後に、少しスピリチュアルな(しかし本質的な)お話を。
ハタヨガの実践が進むと、単に「健康になった」というレベルを超えた変化が訪れます。
それは、エネルギー(クンダリニー)の覚醒と昇華です。
私たちの背骨の基底部には、眠れる潜在エネルギーがあるとされています。
ハタヨガによって身体の不純物が燃やされ(タパス)、背骨のライン(スシュムナー管)が開通すると、このエネルギーが上昇を始めます。
すると、意識のレベルが変わります。
小さなエゴの視点からではなく、より高い視座(俯瞰的な視点)から物事を見られるようになります。
「私が、私が」という執着が薄れ、周囲との調和や、全体性との繋がりを感じられるようになる。
「こだわりがなくなる」
「なぜかタイミングが良くなる」
「直感が冴える」
これらはすべて、エネルギーの通りが良くなった証拠です。
現代社会の問題の多くは、実は「エネルギーの停滞」から来ています。
悩み事があるとき、それを頭だけで解決しようとしても堂々巡りです。
そんな時は、とりあえずマットの上に立ち、身体を動かして、プラーナを流してしまう。
エネルギーの質が変われば、思考の質も変わり、見える世界も変わります。
ハタヨガは、現実を動かすための「エネルギー・マネジメント」の技術でもあるのです。
終わりに:マットの外へ
ハタヨガを「スタジオでやる体操」で終わらせないでください。
吸う息と吐く息のバランスをとること。
緊張と弛緩のバランスをとること。
頑張ることと、手放すことのバランスをとること。
この「ハ(陽)」と「タ(陰)」の統合の智慧は、そのまま日常のあらゆる場面に応用できます。
仕事で頑張ったら(陽)、しっかり休む(陰)。
言いたいことを言ったら(陽)、相手の話を聞く(陰)。
そうやってバランスを取り続ける生き方そのものが、ハタヨガの実践です。
まずは、凝り固まった身体をほぐすところから始めましょう。
身体が変われば、心が変わります。心が変われば、人生が変わります。
その古くて新しい冒険の入り口に、ハタヨガは静かに待っています。
ではまた。


