私たちは日常生活の中で、自らの背骨の存在を意識することは滅多にありません。腰が痛むときや、姿勢を注意されたときくらいでしょうか。しかし、ヨガの世界観において、背骨は単に身体を支える骨格の一部という、機械的な役割に留まるものではありません。それは、私たちの存在そのものを貫く、天と地、精神と物質、そして意識と肉体を繋ぐ、聖なる「軸」であり、天へと至る「階梯(はしご)」なのです。
解剖学的に見ても、背骨は驚異的な構造物です。頚椎、胸椎、腰椎など、24個の椎骨が精巧に積み重なり、強靭さと柔軟性という、相反する性質を見事に両立させています。このしなやかなS字カーブは、二足歩行する私たちが受ける重力の衝撃を巧みに吸収し、その中心にある空洞(脊柱管)は、脳と全身を結ぶ中枢神経の束である脊髄を、大切に保護しています。
しかし、ヨガの賢者たちは、この物理的な構造の奥に、さらに深遠なエネルギー的な構造を見出しました。タントラの伝統では、背骨の中心を貫くように、主要なエネルギーの通り道である「スシュムナー・ナーディー」が走っていると考えられています。そして、生命の根源的なエネルギーである「クンダリニー」が目覚める時、このスシュムナーの階梯を上昇していくとされています。私たちがよく耳にする7つの「チャクラ」もまた、この背骨に沿って存在しているエネルギーセンターなのです。
この霊的な側面は、私たちの日常的な意識の状態とも深く結びついています。試しに、背中を丸め、猫背になってうなだれてみてください。その姿勢のまま、明るく、前向きで、明晰な思考を保つことは非常に難しいことに気づくでしょう。逆に、意識的にすっと背筋を伸ばすだけで、気分が切り替わり、視界が晴れやかになる体験は、誰もが持っているはずです。背骨を真っ直ぐに保つことは、意識をクリアで覚醒した状態に保つための、物理的な前提条件なのです。
ヨガのあらゆるアーサナや瞑想において、「背骨を伸ばす」という指示が最優先されるのはこのためです。それは、力ずくで骨を引っ張るということではありません。むしろ、一つひとつの椎骨と椎骨の間に、呼吸の力で微細な「スペース(空間)」を作り出していく、という繊細なイメージです。尾骨は大地へと根を張るように、そして頭頂は天へと優しく引き上げられるように。その上下への伸びやかな意識が、背骨を理想的なアライメントへと導きます。
あなたの背骨は、古代の神話に登場する「ヤコブの梯子」のように、地上的な現実をしっかりと生きる力と、天的なインスピレーションや叡智を受け取る力を、あなたの中で統合させるための架け橋です。地に足をつけること(グラウンディング)と、より高次の意識へと繋がること(スピリチュアリティ)は、決して別々のものではありません。この背骨という垂直の軸が確立されて初めて、私たちは天と地に祝福された、揺るぎない自己として、この世界に立つことができるのです。あなたの背骨は、宇宙の叡智を受信する、聖なるアンテナなのです。


