2.5.1 輪廻の仕組み:カルマと再生

ヨガを学ぶ

私たちの目の前には、一本の道が伸びています。それは、生という出発点から、死という終着点へ向かう、一度きりの道。現代に生きる私たちは、多かれ少なかれ、そのような直線的な時間感覚の中で生きています。限られた時間の中で、何を成し遂げ、何を残すのか。その問いは時に、私たちに大きなプレッシャーや焦りをもたらすのではないでしょうか。

しかし、古代インドの賢者たちは、私たちとは全く異なる、壮大な時間の風景を眺めていました。彼らがその深い瞑想の中で見出したのは、始まりも終わりもない、巨大な円環を描いて流転する生命の姿でした。それが、輪廻(りんね)、サンスクリット語で**サンサーラ(saṃsāra)**と呼ばれる思想です。

サンサーラとは、「共に流れる」「絶えず移り変わる」といった意味を持つ言葉です。それは、一つの生が終わっても、魂の旅は終わることなく、新たな身体、新たな環境を得て、再びこの世界に生まれ変わるという、終わりなき生と死のサイクルを指し示します。この壮大な循環のメカニズムを理解するためには、その駆動力となっている宇宙の法則、**カルマ(karma)と、その結果として現れる再生(punarjana)**の仕組みを、丁寧に解き明かしていく必要があります。

この章では、ウパニシャッドの賢者たちが探求した、魂の壮大な旅の地図を紐解いていきましょう。それは、遠い昔の神話ではなく、今この瞬間も、私たちの存在の根底で働き続けている、宇宙の深遠な法則の物語なのです。

 

サンサーラの海:なぜ魂は流転するのか

ヴェーダの初期、神々への賛歌が捧げられ、祭祀(ヤグニャ)が宇宙の秩序を維持する上で最も重要だと考えられていた時代には、輪廻という思想はまだ明確な形をとってはいませんでした。祭祀を正しく執り行った者は、死後、その功徳によって天界(スヴァルガ)に生まれ、神々と共に快楽を享受できると信じられていました。しかし、その天界での暮らしは、永遠ではありません。祭祀によって得た功徳、いわば天界で過ごすための「エネルギー」が尽きれば、再びこの地上に舞い戻り、死すべき運命を生きなければならないのです。

この事実に気づいたとき、ウパニシャッドの思索家たちは、根本的な問いに突き当たります。「いかに天界の快楽が素晴らしくとも、それが一時的なものであるならば、真の安らぎとは言えないのではないか?この終わりなき生と死の繰り返しそのものが、一種の苦しみ(ドゥッカ)なのではないか?」と。

太陽が昇り、そして沈む。季節が巡り、草木は芽吹き、枯れていく。この地上にあるすべてのものが移ろいゆく(無常)ように、私たちの生もまた、喜びと悲しみ、健康と病、出会いと別れを繰り返す、不確かで、完全な満足を得ることの難しい旅路です。サンサーラとは、この不確かで苦を伴う生と死のサイクルそのものを指し、賢者たちは、このサイクルから完全に「解放」されること、すなわち**解脱(モークシャ)**こそが、人生の究極の目的であると考えるようになりました。

では、このサンサーラの海を漂い、次から次へと異なる生を経験していく主体とは、一体何なのでしょうか。ウパニシャッド哲学は、それを**アートマン(ātman)**であると説きます。アートマンとは、私たちの最も奥深くにある「真の自己」であり、肉体や心、感情といった、変化し移ろいゆく個人の属性を超えた、不変の実体です。

このアートマンが、まるで旅人が服を着替えるように、様々な肉体という「乗り物」や「衣服」を乗り換えながら、数えきれないほどの生を経験していく。それが輪廻の基本的な構図です。しかし、なぜアートマンはそのような旅を続けなければならないのでしょうか。その旅の行き先や次の衣服を決定しているのは、一体どのような力なのでしょう。その答えこそが、「カルマ」という宇宙の法則の中に隠されています。

 

カルマの法則:宇宙を貫く精緻な因果律

「カルマ」という言葉は、現代の日本でも「業(ごう)」として広く知られていますが、その意味合いはしばしば誤解されがちです。カルマは、誰かが下す「罰」や、あらがうことのできない「宿命」ではありません。それは、ニュートンの運動法則のように、極めて客観的で、中立的で、そして普遍的な宇宙の因果律なのです。

**カルマ(karma)の語源は、「行為」を意味します。つまり、カルマの法則とは、「すべての行為(原因)は、必ずそれに見合った結果を生み出す」**という、シンプルな原則に基づいています。私たちが身体で行うこと(身)、口で語ること(口)、そして心で思うこと(意)のすべてが「カルマ」であり、それらはまるで投げた石が水面に波紋を広げるように、未来に向かって何らかの影響を及ぼしていくのです。

このカルマの法則を理解するために、ヨーガの伝統では、カルマを三つの種類に分類して説明します。

  1. サンチタ・カルマ(sañcita-karma):蓄積されたカルマ

    これは、アートマンが過去の無数の生において行ってきた、すべての行為の集積です。それはまるで、巨大な倉庫に保管された膨大な量の種のようなもの。良い行為の種も、悪い行為の種も、すべてがここに蓄えられています。このカルマの全体像を、私たちが知ることはできません。

  2. プラーラブダ・カルマ(prārabdha-karma):発現したカルマ

    これは、サンチタ・カルマという巨大な倉庫の中から、今世で「発芽」すべく選ばれたカルマです。私たちが今世で生まれ持った肉体、家族環境、才能、そして避けがたく遭遇する幸運や不運は、このプラーラブダ・カルマの結果であるとされます。それは、既に畑に蒔かれ、今まさに私たちが収穫している作物のようなものです。矢が放たれてしまった後のように、その軌道を変えることは極めて困難です。

  3. アーガーミ・カルマ(āgāmi-karma):新たに積まれるカルマ

    これは、私たちが「今、この瞬間」に行っている行為によって、未来のために新たに生み出されているカルマです。これは、来シーズン以降のために、今まさに私たちが畑に蒔いている新しい種に他なりません。このアーガーミ・カルマの選択においてのみ、私たちには**「自由意志」**が与えられています。

この三つの分類は、私たちに重要な示唆を与えてくれます。私たちは、過去のカルマによって決定された現在の状況(プラーラブダ)の中で生きていますが、その状況に対してどのように反応し、どのような新たな行為(アーガーミ)を選択するかは、私たち自身に委ねられているのです。過去を嘆き、未来を憂うのではなく、「今、ここ」での誠実な行為こそが、未来の自分を形作っていく唯一の道である、とヴェーダの叡智は教えています。

 

再生のプロセス:カルマが織りなす次の物語

では、一つの生が終わりを告げた時、アートマンはどのようにして次の生へと旅立っていくのでしょうか。ウパニシャッドには、そのプロセスに関する興味深い記述が見られます。

特に**『チャンドーギャ・ウパニシャッド』に説かれる「五火二道説」**は、死後の魂の旅路を詳細に描いています。これによれば、死者の魂は、その生前の行いや知識に応じて、二つの異なる道へと分かれます。

一つは、**神々の道(デーヴァヤーナ)**です。これは、森の中で真理(ブラフマン)を瞑想し、信仰深く生きた者が進む道です。彼らの魂は、光や太陽を経由して、究極の実在であるブラフマンの世界へと至り、もはや二度とこの人間界に帰ってくることはありません。これは実質的に、解脱へと至る道を示唆しています。

もう一つは、**祖霊の道(ピトリヤーナ)**です。これは、祭祀や社会的な善行に励んだ者が進む道です。彼らの魂は、煙や夜を経由して月の世界へと昇り、そこで自らの善行のカルマ(功徳)が尽きるまで快楽を享受します。そして、功徳が尽きると、雨となり、地上に降り注ぎ、穀物などの中に宿ります。その穀物が男性に食され、精子となって女性の胎内に入ることで、再びこの世に生を受けるのです。

この神話的な描写は、再生の仕組みを象徴的に物語っています。重要なのは、**「その人のカルマが、次の生の状態を決定する」**という点です。良いカルマを積んだ者は、例えば、真理の探求に適したバラモン(司祭階級)の家系や、恵まれた環境に生まれるとされます。一方で、悪いカルマを積んだ者は、苦しみの多い環境や、あるいは動物などに生まれ変わる可能性もあると示唆されています。

さらに、死の瞬間の想念が、次の生に極めて大きな影響を与えるとも考えられています。一生を通じて抱いてきた欲望、恐怖、執着、そして愛情。それらの想いのエッセンスが、死の瞬間に凝縮され、それが磁石のように、次の生にふさわしい環境や身体を引き寄せるというのです。だからこそ、ヨーガの実践者は、日頃から心を清め、死の瞬間ですら、意識を至高の実在(ブラフマン)に向け続けられるように訓練を積むのです。

こうしてアートマンは、自らが過去に紡いできたカルマの糸によって、次の生のタペストリーを織り上げていきます。それは罰でもなければ、偶然の産物でもありません。自らの行為の結果を、自らが引き受けるという、宇宙の壮大で公平な法則の現れなのです。

 

輪廻は罰なのか、学びの場なのか

この輪廻とカルマの思想に触れたとき、ある人は、それを逃れられない宿命の鎖として、重く息苦しいものに感じるかもしれません。「すべてが過去のカルマで決まっているのなら、努力しても無駄ではないか」と。

しかし、ウパニシャッドの賢者たちの視点は、むしろその逆です。カルマの法則は、私たちから自由を奪うものではなく、むしろ**「私たちの人生の責任は、100%私たち自身にある」**という、究極の自由と責任を宣言するものなのです。

誰かのせいにすることも、運が悪かったと嘆くこともできません。今の自分があるのは、すべて過去の自分の選択の結果です。そして、未来の自分を創るのは、今この瞬間の自分の選択に他ならないのです。この厳粛な事実を受け入れたとき、私たちは初めて、他者や環境に依存することなく、自らの足で人生を歩み始めることができます。

そして、輪廻のサイクルそのものも、単なる苦しみの繰り返しとしてだけではなく、アートマンが自己の本質を思い出すための、壮大な**「学びの場(スクール)」**として捉えることができます。様々な人生経験を通して、喜び、悲しみ、成功、失敗、愛、憎しみといったあらゆる感情を味わい尽くすことで、アートマンは、それら変化し移ろいゆく現象の背後にある、不変の実在(ブラフマン)とは何かを学んでいきます。

裕福な家に生まれることも、貧しい家に生まれることも、それ自体に絶対的な優劣はありません。それぞれの環境は、アートマンが特定の学びを得るために用意された、ユニークな教室なのです。その学びの本質とは、**「私はこの肉体ではない。私はこの心ではない。私は、宇宙の根源であるブラフマンと同一の、永遠で、至福に満ちたアートマンである」**という真理を、知識としてではなく、全存在をかけた実感として体得することにあります。

この究極の自己同一性の悟り(ジニャーナ)を得たとき、カルマの種は、その発芽する力を失い、焼き尽くされます。行為は行われても、そこには「私が行為している」というエゴ(アハンカーラ)が存在しないため、新たなカルマは生まれません。過去から蓄積されたカルマも、その影響力を失います。こうして、アートマンはサンサーラの海を渡り終え、輪廻のサイクルから解放され、永遠の安らぎである解脱(モークシャ)の境地へと達するのです。

私たちの日常の一つ一つの選択が、壮大な宇宙の因果律の中で、未来の自分、そして未来の世界を形作っています。縁側で穏やかな風を感じながら、一杯のお茶をいただく。その静かな行為ですら、私たちの心をどのように保つかによって、未来への種蒔きとなり得るのです。

輪廻とカルマの思想は、私たちに、今この瞬間を、より意識的に、より誠実に、そしてより愛情深く生きることを教えてくれます。なぜなら、この一瞬一瞬の積み重ねこそが、終わりなき魂の旅路を照らす、唯一の光だからです。

 

 

ヨガの基本情報まとめの目次は以下よりご覧いただけます。

 

 


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。