アルジュナとクリシュナの対話 – 迷える私たちへの、永遠の指針

ヨガを学ぶ

バガヴァッド・ギーターの旅も、いよいよ第七部「ギャーナヴィギャーナ・ヨーガ」、すなわち「知識(ギャーナ)と、その具体的な実現・体験(ヴィギャーナ)に関するヨーガ」の最終局面へと差し掛かりました。この章の締めくくりとして、そしてある意味ではギーター全体のクライマックスへと繋がる重要な対話が、再び英雄アルジュナと、彼の御者であり神なる指導者クリシュナとの間で交わされます。それは、戦場という極限状況で発せられた問いと答えが、時空を超えて現代を生きる私たちの心にも深く響き渡る、普遍的な響きを宿しています。

この対話は、単なる物語の一場面として終わるものではありません。それは、読者一人ひとりが自身の内なる声に耳を澄ませ、迷いや葛藤の中で確かな指針を見出すための、永遠の灯火のようなものです。私たちはこの対話を通して、古代インドの深遠な叡智が、現代社会の複雑な課題や個人的な悩みに、いかに具体的な示唆を与えてくれるのかを目の当たりにするでしょう。

 

迷いの深淵から生まれる問い:アルジュナの姿に重なる私たち

バガヴァッド・ギーターの物語は、クルクシェートラの大戦場において、敬愛する師や親族を敵に回して戦わねばならないという、アルジュナの激しい苦悩から始まります。彼の心は、「戦うべきか、戦わざるべきか」という義務と非暴力の狭間で引き裂かれ、深い悲しみと絶望に打ちひしがれます。弓の名手として知られた英雄が、武器を捨てて戦意を喪失する姿は、私たち自身の人生における様々な局面で経験する「迷い」や「葛藤」と、深く共鳴するものでしょう。

仕事上の倫理的なジレンマ、人間関係における意見の対立、自らの価値観と社会の期待との乖離、将来への漠然とした不安――私たちは日々、大小さまざまな「戦場」に立たされ、アルジュナのような問いを抱えます。「私は一体何をすべきなのだろうか?」「この困難にどう立ち向かえば良いのだろうか?」「真の幸福とはどこにあるのだろうか?」

アルジュナがクリシュナに向ける問いは、単なる戦術的な助言を求めるものではありません。それは、存在の根源に関わる、魂からの叫びです。自らの無力さを痛感し、これまでの価値観が揺らぐ中で、彼は絶対的な真理、揺るぎない指針を渇望します。このアルジュナの問いこそが、バガヴァッド・ギーターという深遠な対話が展開されるきっかけとなったのです。そして、その問いは、時代や文化を超えて、真摯に生きようとするすべての人間の心に共通するものではないでしょうか。

第七部「ギャーナヴィギャーナ・ヨーガ」に至るまでに、クリシュナはアルジュナに対し、魂の不滅性、行為のヨーガ(カルマ・ヨーガ)、知識のヨーガ(ギャーナ・ヨーガ)、瞑想のヨーガ(ディヤーナ・ヨーガ)など、多岐にわたる教えを説いてきました。しかし、アルジュナの理解はまだ完全ではなく、彼の心には依然として疑問や迷いが残っています。特に、第七部で語られる「神の超越的な本質」や「宇宙の根源としての神」といった、形而上学的な内容は、凡夫の理解を超えやすいものです。だからこそ、この対話は、より深く、より本質的な理解へとアルジュナを(そして私たち読者を)導くために不可欠なプロセスとなるのです。

 

クリシュナの導き:宇宙の真理と個人の道を結ぶ糸

アルジュナの真摯な問いかけに対し、クリシュナは慈愛に満ちた態度で、根気強く、そして深遠な真理を段階的に開示していきます。これまでの章で断片的に示されてきた教えが、この第七部の対話の中で、より統合された形でアルジュナの心に浸透していく様子が描かれます。

第七部でクリシュナが強調するのは、神の二つの様態です。一つは、「プラクリティ(物質自然)」と呼ばれる、目に見える現象世界を構成する低次の本性。もう一つは、それを超えた「パラ・プラクリティ(至高の霊的自然)」であり、これが宇宙の生命原理であり、個々の魂(ジーヴァ)の本質であると説かれます。そして、クリシュナ自身が、この両プラクリティを超越した、万物の根源であり、維持者であり、帰滅する場所である「パラマートマー(至高我)」、あるいは**「バガヴァーン(尊者、神)」**であることを明かします。

「アルジュナよ、私よりも上位のものは何もない。この全世界は、あたかも糸に貫かれた真珠のように、私の中に貫かれているのだ」(バガヴァッド・ギーター7章7節)

この言葉は、宇宙に遍満する神の臨在と、すべての存在が神と分かちがたく結びついていることを示唆しています。クリシュナは、水の味、太陽や月の輝き、ヴェーダ聖典における聖音オーム、人間の生命力、賢者の知性など、あらゆるものの本質的な力として自身が存在すると語ります。これは、神がどこか遠い天上にいる超越的な存在であるだけでなく、私たちの日常のあらゆる瞬間に、あらゆる存在の中に内在しているという、深遠な洞察です。

さらにクリシュナは、**三つのグナ(サットヴァ:純粋性・調和、ラジャス:活動性・激情、タマス:暗黒性・惰性)**という物質自然の様態が、いかに人々の心を覆い隠し、真実の認識を妨げているかを説明します。そして、このグナの影響を超越し、神に全託すること(バクティ)によってのみ、人はマーヤー(幻力)の束縛から解放され、神の本質を理解できると説きます。

この対話において重要なのは、クリシュナが単に抽象的な哲学的概念を語るだけでなく、それがアルジュナ個人の迷いや苦悩にどう関わってくるのかを具体的に示している点です。宇宙の真理を知ること(ギャーナ)は、それを自らの人生において体現し、経験すること(ヴィギャーナ)と分かちがたく結びついています。神の遍在性を理解することは、日々の行動において、他者への奉仕や献身的な行為(カルマ・ヨーガ)へと繋がり、そして神への愛と信頼(バクティ・ヨーガ)を深めることにも繋がるのです。

クリシュナの教えは、アルジュナが直面している戦いという具体的な状況から決して目を逸らしません。むしろ、その戦いを、宇宙的な秩序(ダルマ)を回復するための、神聖な義務として捉え直すよう促します。行為の結果への執着を手放し、神への奉仕として自らの役割を全うすること。これこそが、迷いから抜け出し、心の平安を得る道であると示されるのです。

 

「対話」という形式が秘める深遠な力

バガヴァッド・ギーターが、クリシュナからアルジュナへの一方的な教説ではなく、「対話」という形式で構成されていることには、非常に深い哲学的意義が込められています。それは、古代インドの霊的伝統において、真理の伝達がいかにパーソナルで、インタラクティブなプロセスであったかを物語っています。

  • 師と弟子の絆: クリシュナとアルジュナの関係は、単なる友人や親族を超えた、理想的な師(グル)と弟子(シシヤ)の関係を象徴しています。弟子は謙虚に問い、師は慈悲深く導く。この信頼と敬愛に満ちた関係性の中でこそ、深遠な智慧が血肉化していくのです。

  • 問いが拓く理解の地平: アルジュナの疑問や反論は、単なる無知の表れではなく、より深い理解へと至るための重要なステップです。クリシュナはそれらの問いを否定することなく、一つひとつ丁寧に受け止め、アルジュナの知性と言葉のレベルに合わせて、真理を様々な角度から照らし出します。私たち読者もまた、アルジュナの問いに自らを重ねることで、クリシュナの答えをより主体的に受け止めることができます。

  • 内なる対話への誘い: この外的な対話は、読者自身の内なる対話、つまり自己との対話、あるいは内なる神聖な部分との対話を呼び覚ます力を持っています。私たちはアルジュナの立場に身を置くことで、クリシュナの言葉を直接自分に向けられたメッセージとして受け取り、自らの人生における意味や目的を問い直すきっかけを得るのです。

  • 言葉の限界と超越: 対話は言葉を通して行われますが、その目指すところは、しばしば言葉を超えた体験的な理解(アヌバヴァ)です。クリシュナの言葉は、論理的な説得だけでなく、アルジュナの心に眠る直観的な智慧を呼び覚まし、最終的には神の宇宙的な姿(ヴィシュヴァルーパ)を幻視させるという、超言語的な体験へと導きます(これは第十一章のテーマですが、その萌芽は第七部の対話にも見られます)。

この「対話」という構造は、東洋思想の伝統、特にウパニシャッド哲学において頻繁に見られるものです。そこでは、師と弟子、あるいは探求者同士が、宇宙の根本原理や人間の本質について、粘り強い問答を繰り返しながら真理に迫っていきます。バガヴァッド・ギーターは、この伝統を受け継ぎつつ、マハーバーラタという壮大な叙事詩のドラマティックな文脈の中で、それをより普遍的でアクセスしやすい形に昇華させたと言えるでしょう。

 

時代を超えた羅針盤:ギーターの教えが現代に灯す光

アルジュナとクリシュナの対話は、単に古代の思想を紹介するものではありません。それは、めまぐるしく変化し、情報が錯綜し、価値観が多様化する現代社会を生きる私たちにとって、確かな「永遠の指針」となり得る普遍的な智慧に満ちています。

  • 自己の本質への目覚め: ギーターは、私たちが肉体や心、エゴといった移ろいゆく現象に自己を同一化しがちであると指摘し、その奥にある不滅の魂(アートマン)こそが真の自己であると教えます。この認識は、日々の出来事に一喜一憂することなく、内なる静けさと強さを保つための基盤となります。

  • 執着なき行為(カルマ・ヨーガ): 現代社会は成果主義や競争原理に覆われがちですが、ギーターは行為の結果への執着を手放し、行為そのものに集中し、それを神への奉仕として行うことを奨励します。これは、ストレスを軽減し、仕事や社会活動に新たな意味と喜びを見出す道を示してくれます。

  • 智慧による識別(ギャーナ・ヨーガ): 何が真実で何が虚偽か、何が永続的で何が一時的かを見極める智慧は、情報過多の現代において不可欠です。ギーターの教えは、物事の本質を見抜く洞察力を養い、より賢明な選択をするための助けとなります。

  • 献身と愛(バクティ・ヨーガ): 個人主義が強調される一方で、孤独や疎外感も広がる現代において、ギーターが説く神への愛と献身、そしてそれが敷衍された他者への奉仕の精神は、心の繋がりと温もりを取り戻す道を示します。それは、自己中心的な欲求を超え、より大きな目的のために生きる喜びを与えてくれます。

  • 調和とバランス(三つのグナの理解): 私たちの心や行動は、サットヴァ、ラジャス、タマスという三つのグナの影響を受けています。これらの性質を理解し、サットヴァ的な質を高める努力をすることは、心の安定と調和をもたらし、より建設的で創造的な生き方を可能にします。

  • 内なる平和への道(瞑想と心の制御): ギーターは、感覚を制御し、心を一点に集中させる瞑想の重要性を説きます。これは、現代人が抱えるストレスや注意散漫といった問題に対する、効果的な処方箋となり得ます。内なる静寂に触れることで、私たちは本来の落ち着きと明晰さを取り戻すことができるのです。

アルジュナの迷いが晴れ、クリシュナの教えを受け入れて「あなたの言葉通りに行動します」(18章73節)と戦う決意を固める場面は、ギーターを読む私たちにとっても、自らの人生において主体的に行動を起こす勇気を与えてくれます。それは、盲目的な服従ではなく、深い理解と納得に基づいた、自由な意志による選択です。

 

対話の終わりは、私たちの旅の始まり

バガヴァッド・ギーター第七部におけるアルジュナとクリシュナの対話は、私たちに深遠な問いを投げかけ、同時にその答えへの道筋を示してくれます。それは、単なる知識の習得を超え、生き方そのものを変容させる可能性を秘めた智慧の宝庫です。

この対話の終わりは、読者にとって新たな始まりを意味します。アルジュナが自らの戦場へと赴いたように、私たちもまた、日々の生活というそれぞれの「戦場」において、ギーターから得た指針を胸に、より意識的に、より目的に向かって生きることを促されます。

クリシュナの言葉は、書物の中に閉じ込められた過去の遺物ではありません。それは、私たちが真摯に耳を傾けるならば、今この瞬間も、私たちの内なる声として響き渡り、迷える私たちを導いてくれる生きた力となるでしょう。バガヴァッド・ギーターを読むという行為自体が、自己との対話であり、内なるクリシュナとの対話であり、そして永遠の真理へと続く、終わりのない霊的な旅なのです。この対話を通して得た光が、皆様の人生を照らし、より豊かで意味のあるものにするための一助となることを心から願っています。

 

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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。