ただゆるめる瞑想 – がんばりすぎない、自分を解放するシンプルな実践

SIQAN

年の瀬から新年にかけて、私たちは何かと忙しく、そして何かと「きちんとしなければならない」というプレッ張を感じやすいものです。大掃除や年賀状、目標設定。どれも大切なことですが、そうした「やらねばならない」という意識が強くなると、私たちの心と体は知らず知らずのうちに力んでしまいます。そして、気がつけば、本来リフレッシュのための時間であるはずの年末年始に、かえって疲弊してしまう、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

現代社会を生きる私たちは皆、多かれ少なかれ、このような「力み」や「緊張」を抱えています。それは、常に成果を求められ、他者と比較され、情報の波に晒されている中で、自分自身を守ろうとする防衛反応かもしれません。しかし、その力みが慢性化すると、心身の不調を招き、私たちの内なる声を聞き取りにくくさせてしまいます。

そんな時代だからこそ、私は「ただゆるめる瞑想」を、多くの方に知っていただきたいと考えています。瞑想と聞くと、「難しそう」「無心にならなければいけない」「特別な場所や時間が必要なのでは?」といったイメージを持たれるかもしれません。確かに、様々な瞑想のスタイルが存在し、中には高度な集中力や鍛錬を必要とするものもあります。しかし、これから瞑想を始めたい、でも何から手をつければいいか分からない、というあなたにこそ、「ただゆるめる瞑想」は、その名の通り、シンプル瞑想として最適なのです。

 

頑張らないで良い、「ただゆるめる瞑想」とは

「只管打坐」は「ただひたすらに坐る」という意味ですが、ここには何かを達成しようとする意図や、特定の境地を目指す努力は含まれません。ただ、その場に坐り、起こってくるあらゆる現象――思考、感情、感覚――を、良い悪いの判断をせずに、ただありのままに観察し、受け入れる、という実践です。これは、日本の禅における重要な思想であり、悟りとは特別な状態ではなく、日常の中に、そして私たち自身の内なる「今、ここ」にあるという考え方に基づいています。

「ただゆるめる瞑想」は、この「ただひたすらに坐る」という姿勢を、さらに**「ただゆるめる」**というキーワードで捉え直したものです。私たちは、普段どれだけ心身に力を入れているでしょうか? 猫背になっていたり、歯を食いしばっていたり、あるいは将来への不安や過去の後悔で心をぎゅっと締め付けていたり。こうした無意識の力みを一つずつ手放していくのが、「ただゆるめる瞑想」です。

この瞑想に、特別な準備やルールはありません。

  • 座り方: 楽な姿勢であれば、床に胡坐をかいても、椅子に座っても、あるいは横になっていても構いません。体が最もリラックスできる姿勢を選びましょう。無理に背筋を伸ばそうと力む必要もありません。重力に身を任せるように、体を預けます。

  • 時間: 長時間行う必要はありません。たった1分でも、5分でも良いのです。毎日続けることの方が、一度に長く行うことよりも大切です。歯磨きのように、日常生活の一部に組み込むことを目指しましょう。

  • 目的: 無心になることではありません。思考を止めようと頑張る必要もありません。ただ、ゆるめることに意識を向けます。

目を閉じるか、半眼(遠くをぼんやり見る)にしても構いません。まずは、自分の体全体の感覚に意識を向けてみてください。どこか凝っている場所はありませんか? 肩や首、あるいは顎に力が入っていませんか? その力を、ゆっくりと、優しく、呼吸と共に吐き出すイメージでゆるめていきます。

呼吸に意識を向けることも有効ですが、これも「深く呼吸しよう」「腹式呼吸を完璧にしよう」と頑張る必要はありません。ただ、今、ここで行われている、ありのままの自然な呼吸を観察します。息が入ってくるときの鼻先のひんやりした感覚、出ていくときの温かい感覚。胸やお腹のわずかな膨らみやへこみ。それを、ただ感じてみます。

 

「ただ起こる瞑想」としての受け入れ

「ただゆるめる瞑想」を行っていると、様々な思考や感情が浮かんできます。「今日の夕食どうしよう」「あの人にああ言われたのが気になる」「将来が不安だ」…。それはごく自然なことです。無理に思考を止めようとすると、かえって抵抗が生まれ、苦しくなります。

ここで大切なのは、「思考や感情をただ起こる瞑想として捉えること」です。まるで川を流れる葉っぱのように、思考が浮かんでは消えていくのを、良い悪いと判断せずに、ただ静かに見送ります。あるいは、遠くで鳴っている音を聞くように、心の中で思考が響いているのを、ただ観察します。

「あ、今、不安を感じているな」

「過去のことを思い出しているな」

このように、自分自身の心の動きを客観的に観察する練習をすることで、私たちは思考や感情に同一化することなく、距離を置くことができるようになります。これができるようになると、普段私たちを翻弄している感情の波に、振り回されにくくなっていくでしょう。

東洋思想において、私たちの心は本来、静かで澄み切った湖面のようなものだと考えられています。しかし、日々の出来事や思考の波によって、その湖面は波立ち、底にある本質が見えなくなってしまいます。「ただゆるめる瞑想」は、この波を無理に止めようとするのではなく、波が波としてあることを認めつつ、湖面全体の静けさを感じようとする試みと言えます。それは、仏教で説かれる「諸行無常」(全てのものは常に変化する)や「諸法無我」(全てのものは固定された実体を持たない)といった、物事のありのままの姿を受け入れる智慧にも通じるのです。

 

「肩の荷が下りる」感覚、そして変化へ

「ただゆるめる瞑想」を継続していると、少しずつ変化が現れてきます。最初は、たった数分座っているだけでも、体がむずむずしたり、心が落ち着かなかったりするかもしれません。それで良いのです。それは、普段私たちがどれだけ力んでいるか、どれだけ多くの思考を抱え込んでいるかを示しているにすぎません。

しかし、気楽に、がんばりすぎずに続けていると、ある時ふと、肩の荷が下りるような感覚を覚えるかもしれません。体の力が抜け、呼吸が深まり、思考のスピードが緩やかになるのを感じるでしょう。それは、これまで自分自身に課していた無意識のプレッシャーや、社会から押し付けられていた「こうあらねばならない」という見えない鎖が、少し緩んだサインです。

「ただゆるめる瞑想」は、何か特別な能力を開発するためのものではありません。それは、本来私たちが持っている、リラックスする力、あるがままを受け入れる力、そして自分自身の内なる智慧に気づくためのものです。継続することで、私たちは日常の中でも、力まずにいる時間が増え、困難な状況に直面しても、パニックにならずに落ち着いて対処できるようになっていくでしょう。判断力が研ぎ澄まされ、本当に大切なものが何かを見極める視点が養われていきます。

これは、ミニマリズムの精神にも通じます。外側の余計なものを削ぎ落とすことで、本当に必要なもの、本当に価値のあるものが際立つように、「ただゆるめる瞑想」は、心身の余計な力みや思考のノイズを減らすことで、私たちの内なる静けさ、本質的な自己を明らかにしていくのです。

 

さあ、今日から「実践しよう」

「ただゆるめる瞑想」に難しいルールはありません。今日、この瞬間から、あなたは始めることができます。椅子に座ったままで良い、時間はたった1分でも良い。ただ、目を閉じるか半眼にし、体の力をゆるめ、呼吸に意識を向け、そして心に浮かんでくる思考や感情を、良い悪いと判断せずに、ただ流れるままに任せてみましょう。

「ちゃんとできているかな?」と心配する必要もありません。完璧を目指す必要は全くないのです。ただ、「ゆるめる」ことを意図し、その時間を自分に与えてあげること。それが何よりも大切です。

最初はうまくいかないと感じるかもしれません。それもまた、ただ起こる瞑想の一部として受け入れましょう。継続することが、あなたの心と体に、必ず変化をもたらしてくれます。それは、劇的な変化ではないかもしれません。しかし、気づけば、あなたは少しだけ楽に、少しだけ穏やかに、そして少しだけ自分自身に優しくなっていることでしょう。

「ただゆるめる瞑想」は、あなたの内側に、静かで揺るぎない「場」を築く手助けとなります。外側の世界がどれほど目まぐるしく変化しようとも、その内なる「場」に立ち返ることで、あなたはいつでも自分自身を取り戻すことができるようになるはずです。

さあ、重い肩の荷が下りる感覚を求めて、今から実践しよう。あなたの心が、軽やかで自由な状態へと解放されていくのを、見守ってください。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。