縁側の阿字観:月と宇宙と、わたしの呼吸

MEDITATION-瞑想

ふと、日常の喧騒から離れ、縁側に腰を下ろして空を眺める。そんな瞬間、心の奥底から小さな声が聞こえてくることはないでしょうか。「ほんとうの私は、どこにいるのだろう」と。私たちは日々、情報の洪水に身をさらし、目まぐるしく変わる世界の速度に合わせようと必死です。しかし、そんな時だからこそ、古の智慧がそっと差し伸べる手に、心が安らぎを見出すのかもしれません。

今回は、そんなあなたと私とを、千年の時を超えて響き合う静寂の宇宙へと誘う、阿字観(あじかん)という瞑想法について、少しばかり筆を執ってみようと思います。これは、ただ目を閉じるだけではない、内なる宇宙との対話であり、自己という存在の根源へと漕ぎ出す、ささやかで、しかし奥深い旅路なのです。

 

風の便りに乗ってきた古の響き:阿字観の源流をたどる

阿字観瞑想の物語は、今から千二百年ほど昔、平安の時代に始まります。若き日の弘法大師空海が、荒波を越えて唐の国へと渡り、師である恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から密教の奥義を授かり、日本へと持ち帰った珠玉の教えの一つ。それが、この阿字観です。

密教とは、その名の通り「秘密の教え」。それは、言葉だけでは伝えきれない宇宙の真理を、マンダラという宇宙図や、印という手の形、そして真言という聖なる響き、さらには深い瞑想を通じて、身心まるごとで体得しようとする実践的な道です。空海が伝えた真言密教では、宇宙の根源的な生命力を大日如来(だいにちにょらい)と呼び、私たち一人ひとりもまた、その輝きを内に秘めていると考えます。「この身このままで仏になる」、すなわち「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」という、なんとも壮大で、しかし希望に満ちた境地を目指すのです。阿字観は、そのための大切な階(きざはし)とされています。

この教えの背景には、インドで生まれ、シルクロードを渡り、中国の豊かな土壌で育まれた東洋思想の広大なパノラマが広がっています。宇宙を聖なるエネルギーの躍動と捉え、身体を小宇宙と見なすタントラ思想の息吹。万物の根源を「道(タオ)」と呼び、生命エネルギー「気」の流れを重んじる老荘思想の深み。これらが仏教の「空(くう)」や「縁起(えんぎ)」といった叡智と溶け合い、阿字観という独自の瞑想法を豊かに彩っているのです。それは、まるで悠久の時を旅してきた一滴の雫が、私たちの心に染み渡るような体験と言えるでしょう。

 

「ア」という音、月の光、そして心の静寂

阿字観の中心にあるのは、「阿(ア)」という一文字。これはサンスクリット語の最初の音であり、あらゆる言葉、あらゆる存在の始まりを象徴しています。密教では、この「阿」字を「不生不滅(ふしょうふめつ)」、つまり生まれもせず滅びもしない、宇宙の本源そのものと捉えます。それは、虚無ではなく、無限の可能性を秘めた豊穣なる「空」の現れなのです。そして、この「阿」字は、宇宙の真理そのものである大日如来のいのちを凝縮した種子(しゅじ)でもあるとされます。

瞑想の実践では、この「阿」字を、清らかな満月(月輪:がちりん)の中に観想します。なぜ月なのでしょうか。夜空に浮かぶ満月は、古来より人々の心を捉え、清浄さ、円満さ、そして闇を照らす光明の象徴とされてきました。私たちの心もまた、本来はこのような円満で輝かしいものである、という仏教の教えと重なります。

静かな場所に座り、ゆっくりと呼吸を整える。背筋をそっと伸ばし、肩の力を抜いて。まるで縁側で温かいお茶をすするように、心と身体をくつろがせます。そして、心の中に、あるいは目の前に掲げた掛け軸に、清らかな満月を描き出します。その月輪の中央に、金色に輝く「阿」の字を、ありありと観じるのです。

初めは、なかなか集中できないかもしれません。日々の雑事や心のざわめきが、波のように寄せては返すでしょう。でも、それでいいのです。その波を無理に押しとどめようとせず、ただ静かに眺め、そして再び、月の光と「阿」の字に意識を戻す。その繰り返しが、阿字観の稽古なのです。

やがて、観想する「阿」字と月輪が、ふわりと自分自身に近づき、胸の奥深くで一つになる感覚(入我:にゅうが)。そして、今度は自分自身が、その「阿」字と月輪の広大な光の中に溶け込んでいく感覚(我入:がにゅう)。「わたし」という小さな枠組みが、いつしか宇宙大の広がりにほどけていく。それは、言葉では捉えきれない、静かで、しかし確かな一体感の体験です。

 

喧騒の中で見つける、内なる泉のほとり

阿字観の瞑想を終え、そっと目を開けたとき、世界が昨日とまったく同じように見えたとしても、あなたの内側には、何かしら小さな変化が芽生えているかもしれません。

それは、たとえば、日々のストレスに対する向き合い方の変化。以前なら心をかき乱された出来事も、少し距離を置いて眺められるようになる。まるで、騒がしい市場の中で、ふと静かな泉のほとりを見つけたような安堵感。肩にずっしりとのしかかっていた重荷が、少し軽くなったような感覚です。

あるいは、自分自身への眼差しの変化。私たちはつい、自分の欠点や至らなさに目を向けがちです。しかし、「阿」字が象徴する「本来清浄」な自己の本性に触れることで、「まあ、こんな自分でもいいか」と、ありのままの自分を優しく受け入れられるようになる。それは、自己肯定感という言葉よりも、もっと深く、温かい自己受容の感覚に近いかもしれません。

そして、世界の見え方も、少しずつ変わってくるかもしれません。道端に咲く小さな花の色、空を流れる雲の形、鳥のさえずり。そんな何気ない日常の中に、宇宙の根源的な響き、すなわち「阿」字の息吹を感じられるようになる。それは、問題を力ずくで解決しようとするのではなく、問題そのものが、より大きな調和の中に溶けていくような、そんな不思議な体験をもたらすことがあります。

これは、何か特別な能力を得るということではありません。むしろ、もともと私たちが持っていたけれど、日々の忙しさの中で忘れてしまっていた「感じる力」「つながる力」を、そっと呼び覚ますようなものなのです。

 

様々な道、同じ星空:阿字観の個性と普遍性

瞑想には、実に様々な道があります。例えば、呼吸に意識を集中するサマタ瞑想や、自己の心身の動きをありのままに観察するヴィパッサナー瞑想。近年よく耳にするマインドフルネスも、その流れを汲むものです。

阿字観瞑想は、これらの瞑想法と共通する要素を持ちながらも、独特の個性を放っています。「阿」字という具体的なシンボルを観想し、大日如来という宇宙的な存在との合一を目指すという点は、真言密教ならではの深遠な世界観を色濃く反映していると言えるでしょう。それは、単に心を落ち着けるだけでなく、自己と世界の根本的な変容を志向する、積極的でダイナミックな霊性の道です。

しかし、道を異にするように見えても、私たちが仰ぎ見る星空は一つです。どの瞑想法も、最終的には心の平安や真実への気づき、そして生きとし生けるものへの慈しみを深めるという、共通の目的地へと続いているのではないでしょうか。阿字観は、その星空へと至る、日本という風土で育まれた美しい小径の一つなのです。

 

縁側からの誘い:阿字観と共に生きるということ

なぜ、私たちは情報技術がこれほど発達し、物質的な豊かさを享受できるようになった現代において、なおもこのような古の智慧に心を惹かれるのでしょうか。それはおそらく、私たちの魂のどこかで、効率や成果だけでは測れない「何か」、言葉にならない大切なものを、渇望しているからなのかもしれません。

阿字観瞑想は、決して特別な修行僧だけのものではありません。日々、家庭で、職場で、様々な役割をこなしながら懸命に生きている、私たち一人ひとりのためのものです。それは、日常から逃避するための手段ではなく、むしろ、日常という舞台で、より豊かに、より深く、そしてより穏やかに生きるための智慧を与えてくれます。

初めは、ほんの数分でも構いません。静かに座り、呼吸を整え、心に月と「阿」の字を思い浮かべてみる。そのささやかな時間が、あなたの内なる泉を少しずつ満たし、日々の喧騒の中で確かな支えとなってくれるでしょう。

答えはすぐに見つからなくても良いのです。ただ、この縁側で、あなた自身の呼吸の音に耳を澄ませ、内なる静寂に身を委ねてみる。そこから始まる何かが、きっとあるはずです。阿字観という古くて新しい道が、あなたの人生を、より味わい深く、そして光に満ちたものへと照らしてくれることを、心から願っています。さあ、一息ついて、内なる宇宙への旅を、ご一緒に始めてみませんか。

 


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。