正義の洪水と無力感の先へ【ヨガとミニマル】

自己啓発

現代は、かつてないほど「問題」に満ちています。気候変動、貧困、人種差別、政治的な分断。SNSを開けば、世界中で起きている悲劇や不正が、リアルタイムで私たちの目に飛び込んできます。そして、それらの問題に対して、私たちは何らかの意見を持ち、態度を表明し、行動することを、暗黙のうちに期待されているかのようです。

「いいね!」を押し、リツイートし、ハッシュタグを付け、オンライン署名に参加する。私たちは、これらの行為を通じて、自らが「意識の高い」「正しい」側にいることを確認し、安心感を得ようとします。しかし、この絶え間ない正義の洪水の中で、あなたは時折、深い無力感に襲われることはないでしょうか。あまりにも多くの問題、あまりにも多くの「戦い」を前に、自分の非力さを痛感し、結局は何も変えられないのではないか、という諦めの気持ちに。

この無力感の正体は、私たちが自らの「有限性」を忘れ、あたかも神のように、世界のすべての問題に関与できる(あるいは、すべきである)と錯覚している点にあります。今日は、この無限の要求から一歩下がり、自分の限られたリソースをどこに投下するのかを意識的に「選ぶ」ことの重要性について考えていきます。それは、冷淡な無関心とは全く異なる、より誠実で、より効果的な関与のあり方を探る旅です。

 

「正義のインフレーション」という現象

インターネット、特にSNSの普及は、「正義」のあり方を大きく変えました。かつては一部のジャーナリストや活動家しかアクセスできなかった情報が、今や誰の元にも瞬時に届けられます。これにより、多くの人々が社会問題に関心を持つようになったのは、紛れもない事実です。

しかし、その一方で、私たちは「正義のインフレーション」とも言うべき現象に直面しています。誰もが容易に「正しさ」を表明できるようになった結果、その言葉の重みが相対的に軽くなってしまったのです。クリック一つで表明される共感や怒りは、しばしば一過性の感情の波に過ぎず、持続的な行動や具体的な変化には結びつきにくい。

むしろ、多くの「戦い」に首を突っ込むことは、自己満足的なパフォーマンスに陥る危険性を孕んでいます。「私はこれだけの問題に関心を持っている」とアピールすること自体が目的化し、それぞれの問題の複雑さや背景を深く学ぶことを怠ってしまう。その結果、私たちのエネルギーは無数に分散され、どの戦場においても、決定的な一撃を放つことができなくなってしまうのです。これは、戦略なきまま多方面に戦線を拡大し、補給が追いつかずに自滅していく軍隊に似ています。

 

アヒムサー(非暴力)は自分から始まる

この問題に対して、ヨガ哲学は重要な示唆を与えてくれます。ヨガの八支則の第一段階であるヤマ(禁戒)の筆頭に挙げられるのが、「アヒムサー(Ahiṃsā)」、すなわち「非暴力・不殺生」です。

アヒムサーと聞くと、他者や他の生命を傷つけない、という外向きの倫理を想像する方が多いでしょう。しかし、ヨガの教えにおいて、アヒムサーの実践は、まず「自分自身」に対して向けられなければならない、とされています。自分自身を傷つけないこと。これこそが、すべてのアヒムサーの土台となるのです。

では、「自分自身を傷つける」とは、具体的にどういうことでしょうか。それは、過剰な自己犠牲も含まれます。世界のすべての問題を自分の責任であるかのように背負い込み、その重圧で心身をすり減らしてしまうこと。これは、一見すると崇高な行為に見えるかもしれませんが、ヨガの観点からは、自分自身に対する一種の「暴力」と見なされます。燃え尽きてしまった人間は、もはや他者を助けることも、世界に良い影響を与えることもできなくなってしまうからです。

仏教における「慈悲」の思想も同様です。仏陀の慈悲は、生きとし生けるものすべてに向けられる、無限のものであるとされます。しかし、その慈悲を実践する私たち自身は、有限で不完全な人間です。だからこそ、その実践は、自分の足元から、手の届く範囲から始めなければならない。まずは自分自身が健やかで満たされていること。そして、家族や身近な人々を大切にすること。この盤石な土台があって初めて、私たちの慈悲は、より広い世界へと健全な形で広がっていくことができるのです。

 

ミニマリズム:関心の対象を絞り込む技術

自分の有限性を受け入れ、戦うべき戦いを選ぶ。この覚悟を支える具体的な実践が、ミニマリズムです。ミニマリズムとは、物理的なモノだけでなく、関心やコミットメントの対象をも意識的に絞り込む技術だからです。

私たちの時間、お金、そして何より精神的なエネルギー(プラーナ)は、限られた貴重な資源です。この資源をどこに集中投資するのか。この問いこそが、ミニマリストの思考の核となります。それは、重要でないその他大勢の事柄に対して、勇気をもって「ノー」と言うことを意味します。

世の中で話題になっているすべての問題について、知ったかぶりをする必要はありません。あなたが心から情熱を注げる、本当に「これは自分の問題だ」と感じられる、いくつかのテーマを見つけること。そして、そのテーマについて、誰よりも深く学び、考え、そして行動すること。広く浅い関心を、狭く深いコミットメントへと転換させるのです。

それは、自分の人生という庭を、手入れの行き届いた美しいものにする作業に似ています。あらゆる種類の植物を無計画に植えるのではなく、その土地の気候や土壌に合った、本当に育てたい数種類の植物を選び、そこに水や肥料を集中させる。そうすることで、一本一本の植物は力強く根を張り、見事な花を咲かせることができるのです。

 

結論:あなたの「持ち場」で深く根を張る

私たちは、世界の救世主になる必要はありません。すべての不正を正し、すべての涙を拭うことなど、誰にもできはしないのです。しかし、私たち一人ひとりには、自分だけの「持ち場」があります。それは、あなたの経験、才能、関心が交差する、特別な場所です。

その「持ち場」を見つけ出し、そこで自分の戦うべき戦いを選ぶこと。そして、その戦いに、誠実に、持続的に、深くコミットすること。それが、分散したエネルギーを一つに束ね、世界に本質的な変化をもたらすための、最も確実な道です。

あなたが世界の片隅で灯した小さな灯火は、それ自体が世界全体を照らすことはないかもしれません。しかし、その確かな光は、隣の誰かの灯火に火を移し、またその隣へと、連鎖していく可能性を秘めています。自分の戦いを選ぶとは、世界のすべての闇を嘆くのをやめ、自らの持ち場で、一本の蝋燭に静かに火を灯す、という覚悟を決めることなのです。

 


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。