あなたの身体は「商品」ではない – 消費社会の罠と、ヨガの魂の奪還

自己啓発

もし、あなたがこれからヨガを始めようと思い、インターネットで「ヨガ」と検索したとします。画面に現れるのは、おそらく、高機能でお洒落なウェアに身を包み、洗練されたスタジオで微笑む、スリムで美しいモデルたちの姿でしょう。そして、そこには決まって、こんな言葉が添えられています。「ヨガで、理想のボディラインを手に入れる」「新しい私に生まれ変わる」。

私たちは、この光景に、どれほどの違和感を覚えるべきなのでしょうか。

本来、ヨガとは、消費社会の価値観、つまり「何かを手に入れることで幸せになれる」「外見を磨くことで価値が上がる」という思想とは、最も遠い場所にあるはずの実践でした。それは、何かを「足す」ことではなく、むしろ余計なものを「引いていく」ことで、すでに内側にあるもの―静寂や充足、真の自己―を発見する旅だったはずです。

しかし、現代のヨガは、見事に消費社会の論理に取り込まれてしまいました。ヨガの実践そのものが「商品」となり、私たちの身体は、その商品を消費し、改良すべき「素材」として扱われています。この記事では、この根深い問題の構造を解き明かし、ヨガの本来の魂を、私たち自身の手で奪還するための道筋を探ります。

 

フィットネス化という名の「乗っ取り」

この問題の根源は、ヨガが「フィットネス化」されたことにあります。本来、インド思想における「健康」とは、心と身体、そして魂が調和した状態を指す、ホリスティックな概念でした。しかし、西洋のフィットネス文化における「健康」は、しばしば「見た目の良さ(引き締まった身体、低い体脂肪率など)」や「身体能力の高さ」といった、測定可能で外面的な指標に矮小化されがちです。

ヨガがこのフィットネスの文脈に置かれた瞬間、アーサナ(ポーズ)の意味は劇的に変化しました。内的なエネルギーの流れを整え、心を静めるための技法は、「カロリーを消費し、筋肉を鍛え、美しい身体を作るためのエクササイズ」へと、その目的を「乗っ取られて」しまったのです。

この「乗っ取り」は、消費社会にとって、まさに好都合でした。なぜなら、「理想の身体」というゴールは、常に手の届かない場所に設定され続けるからです。痩せれば、もっと引き締めたくなる。引き締めれば、もっと柔軟になりたくなる。この終わりなき「もっと、もっと」という渇望こそが、消費を駆動するエンジンに他なりません。

ヨガは、このエンジンのための、最高に効率の良い燃料となりました。ヨガウェア、ヨガマット、ヨガスタジオの会費、ヨガ関連のサプリメントやドリンク…。私たちの「美しくなりたい」という切実な願いは、巧みに「消費」へと誘導され、ヨガ産業は巨大な市場を形成するに至ったのです。

 

「映え」がもたらす、身体からの疎外

この消費社会的なヨガ観を、さらに強化しているのがSNS、特にインスタグラムに代表される「映え」の文化です。

SNS上で流通するヨガのイメージは、驚くほど画一的です。それは、特定の身体的特徴(若さ、スリムさ、柔軟性)を持つ人々が、特定の状況(美しい自然、お洒落な空間)で、特定の行為(難易度の高いアーサナ)を行う姿に集約されます。

この視覚的なイメージの洪水は、私たちに二つの深刻な影響を及ぼします。

第一に、「比較による自己否定」です。私たちは、画面の中の「理想」と、現実の自分の身体とのギャップを絶えず突きつけられます。その結果、マットの上で感じるべきだった穏やかな充足感は、焦りや劣等感、自己嫌悪へと取って代わられます。自分の身体は、愛し、慈しむべきパートナーではなく、理想に到達していない「欠陥品」として認識されてしまうのです。

第二に、より根源的な問題として、「身体からの疎外」が起こります。本来、ヨガの実践とは、身体の「内側」で何が起きているかに、深く耳を澄ます行為です。しかし、「映え」を意識した瞬間、私たちの意識は身体の「外側」へと飛び出し、「他者からどう見えているか」という視点に囚われてしまいます。

「このポーズ、格好悪くないかな」「もっとお腹をへこませないと」。

この瞬間、私たちは自分自身の身体の主権を失っています。自分の身体なのに、まるで他人のものであるかのように、外側から検閲し、評価している。これは、深刻な自己疎外です。身体は、生き生きとした感覚の源泉であることをやめ、ただの「見られる物体(オブジェクト)」へと成り下がってしまうのです。

 

ヨガの魂を取り戻す、静かなる抵抗

では、私たちはこの巨大なシステムの檻の中で、ただ無力でいるしかないのでしょうか。決して、そんなことはありません。ヨガの叡智は、この状況を打破するための、静かで、しかし強力な武器を私たちに与えてくれます。

それは、「非消費」としてのヨガを実践するという、ラディカルな選択です。

まず、「目的」から自由になることです。『バガヴァッド・ギーター』は、「行為の結果に執着することなく、ただ為すべきことを為せ」と説きます。これを現代のヨガに当てはめるなら、「痩せるため」「美しくなるため」という目的意識を、一度、そっと手放してみることです。目的という未来への執着から解放された時、私たちは初めて、「今、ここ」の身体の感覚、呼吸の広がりに、深く没入することができます。

次に、**「足るを知る(サントーシャ)」**という哲学を、身体で実践することです。最新のウェアでなくても、今持っている動きやすいTシャツで十分。完璧なポーズができなくても、今の自分の身体が感じている、心地よい伸びで十分。SNSで「いいね!」がつかなくても、マットの上で過ごした、自分だけの静かな時間で十分。この「十分である」という感覚こそが、消費社会の「もっと、もっと」という呪いから、私たちを解放してくれる解毒剤なのです。

最後に、実践の場を再考することです。キラキラしたスタジオに行くのが辛いなら、行く必要はありません。あなたの家のリビング、近所の公園、あるいは、静かな縁側。あなた自身が、安心でき、他者の視線を気にせず、自分の内側と繋がれる場所。そこが、あなたにとって最高のヨガスタジオです。高価な会費を払う代わりに、自分だけの聖域を、自分のために作るのです。

ヨガとは、何か新しい自分に「なる」ためのものではありません。華やかな商品で自分を飾り立てることでもありません。それは、すでに完璧な存在として、ここに「在る」自分自身に気づくための、静かな、静かなプロセスです。

消費社会の騒音から耳を塞ぎ、SNSの眩しい光から目を閉じてみましょう。そこには、誰にも評価される必要のない、誰とも比較する必要のない、ただ、あなただけの、尊い身体と呼吸があります。その感覚を取り戻すこと。それこそが、私たちが今、ヨガの魂を奪還するためにできる、最も美しく、最も力強い抵抗なのです。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。