私たちの生は、寄せては返す波のように、健やかな日もあれば、心身が揺らぐ日もあります。その中で「がん」という言葉は、現代を生きる私たちにとって、避けては通れない一つの大きなテーマとなりました。日本人の2人に1人が生涯で経験すると言われるこの病は、もはや遠い誰かの物語ではなく、私たち自身の物語と地続きの場所に存在しています。
しかし、私たちはこの事実を前に、ただ恐れ、無力感に苛まれる必要はありません。ヨガの叡智が教えてくれるのは、外側で起きる出来事に一喜一憂するのではなく、私たちの内なる世界、すなわち日々の「在り方」にこそ、未来を創造する力が宿っているという真実です。病とは、戦うべき「敵」ではなく、私たちの生き方や身体との向き合い方を見直すよう促してくれる、内なる賢者からの「声」なのかもしれません。
今回は、科学的根拠に基づいた国立がん研究センターの「がん予防のための12箇条」を、ヨガ哲学や東洋思想の視点から簡単に読み解いていきたいと思います。
これは単なる健康ルールのリストレベルのことです。
ですが、健やかな未来のために大変に役立つ内容でもあると思います。
もくじ.
第一条:たばこは吸わない
喫煙がもたらす害は、科学的に枚挙にいとまがありません。しかし、ヨガ的な視点から見れば、それは単なる化学物質の問題に留まらない、より深い意味を持っています。呼吸とは、私たちが宇宙の生命エネルギー「プラーナ」を取り込む神聖な営みです。その聖なる流れに、意識的に煙という不純物を混ぜ込む行為は、自らの生命力を濁らせ、気の巡りを滞らせることに他なりません。禁煙とは、誰かのためである以前に、自分自身の内なる聖域を清浄に保つという、最も根源的な「アヒンサー(非暴力)」の実践なのです。
第二条:他人のたばこの煙を避ける
アヒンサーの実践は、自らの内側だけに留まりません。私たちは、自分の身を置く「場」を選ぶ主体的な力を持っています。他者の煙を避けることは、単に受動喫煙のリスクを回避するだけでなく、「私は、清浄なプラーナに満ちた環境に身を置く価値のある存在だ」と宣言する、静かな自己尊重の表明です。あなたの身体は、あなただけの神殿です。その入り口に、誰を入れるか、何を入れないかを決めるのは、あなた自身なのです。
第三条:お酒はほどほどに
古来、お酒は文化やコミュニケーションを豊かにする「百薬の長」として存在してきました。しかし、アーユルヴェーダでは、過度のアルコールは消化の火「アグニ」を乱し、未消化物「アーマ(毒素)」を生み出すと考えます。大切なのは、禁じることではなく、その力強いエネルギーに飲み込まれない「中庸」の智慧です。自分の身体が「心地よい」と感じる適量を知り、感謝と共に味わう。それは、快楽の奴隷になるのではなく、快楽の主人となるための、大人の稽古と言えるでしょう。
第四条:バランスのとれた食生活を
私たちは、食べたもので出来ています。この当たり前の事実は、ヨガの観点から見れば、「私たちは、取り込んだプラーナそのものである」と言い換えられます。主食、主菜、副菜を揃え、多様な食材をいただくことは、様々な質を持つエネルギーをバランスよく取り込み、私たちの小宇宙(身体)を豊かにすることに繋がります。食卓に並ぶ虹のような彩りは、生命の多様性の賛歌です。感謝と共に「いただきます」と手を合わせる時、私たちは単なる栄養素ではなく、大いなる自然の生命そのものを、自らの内へと迎え入れているのです。
第五条:塩辛い食品は控えめに
塩は生命維持に不可欠なミネラルですが、過剰は身体という繊細な生態系のバランスを崩し、「滞り」を生み出します。東洋思想では、過剰な塩分は「腎」を傷つけ、生命力の源を弱らせると考えます。減塩とは、ただ味を薄くする我慢大会ではありません。素材そのものが持つ微細な甘みや香り、食感といった「声」に耳を澄ます、感覚の訓練です。濃い味付けという覆いを外した時、あなたは世界がより繊細で豊かな味わいに満ちていることに気づくでしょう。
第六条:野菜や果物は不足にならないように
太陽の光を浴び、大地の滋養を吸って育った野菜や果物は、凝縮されたプラーナの塊です。それらが持つ鮮やかな色素やビタミンは、私たちの身体の「酸化」、すなわち錆びつきを防いでくれる抗酸化物質の宝庫。それは、日々のストレスや環境汚染によって傷つきがちな細胞を、内側から守り、修復してくれる自然界からの贈り物です。毎日、色とりどりの野菜や果物を食卓に招き入れることは、あなたの内なる免疫力という名の軍隊を力づける、最も美味しく、楽しい方法なのです。
第七条:適度に運動
「流水腐らず」。流れる水が常に清らかであるように、私たちの身体もまた、動かすことでその生命力を保ちます。運動とは、筋肉を鍛えるだけの行為ではありません。それは、身体の隅々にまで新鮮な酸素と栄養を届け、気の流れ、血の流れ、リンパの流れといった、あらゆる「巡り」を活性化させる儀式です。特にヨガやウォーキングのような、呼吸と動きを連動させる運動は「動的瞑想」とも言えます。身体を動かすことで、心の澱みもまた、汗と共に流れ去っていくのです。
第八条:適切な体重維持
ヨガでは、身体を「魂の乗り物」あるいは「神殿」として捉えます。その乗り物が重すぎたり、メンテナンスが不十分だったりすれば、魂の旅路は困難なものになるでしょう。肥満は、単に見た目の問題ではなく、身体という器に不要なものを溜め込んでいるサインです。それは未消化なエネルギーや感情の現れかもしれません。適切な体重を維持する努力は、自らの器を清浄に保ち、心身を軽やかに、機能的に保つための、自己愛に満ちたメンテナンスなのです。
第九条:ウイルスや細菌の感染予防と治療
私たちの世界は、目に見えるものだけで成り立っているわけではありません。ウイルスや細菌といった微生物との共存もまた、私たちの生の一部です。ワクチン接種や定期検査といった現代医学の恩恵を賢く活用することは、外的な脅威から身を守るための有効な盾となります。同時に、バランスの取れた生活を通じて、内なる自己治癒力、すなわち免疫力という名の軍隊を常に精鋭に保っておくこと。この外からの「盾」と内からの「力」の両輪が、私たちをしなやかに守ってくれるのです。
十条:定期的ながん検診を
自分の身体の状態を、客観的な指標で知ることは、航海における海図や羅針盤を持つことに似ています。がん検診は、身体という神殿の「定期点検」です。それは、恐ろしい結果を告げられるためのものではなく、もし小さな不調和があれば、それが大きな問題になる前に気づき、対処するための「智慧」です。自分の身体を客観視し、専門家の助けを借りる謙虚さは、健やかな航海を続けるために不可欠な資質と言えるでしょう。
十一条:身体の異常に気がついたら、すぐに受診を
あなたの身体は、常にあなたに語りかけています。しかし、その声は多くの場合、ささやきのように微細です。便秘、倦怠感、微熱、しこりといった小さな異変は、身体からの「ちょっと休んで」「生き方を見直して」というサインかもしれません。それを「気のせいだ」と無視することは、内なる賢者の声を無視することに等しいのです。その声に耳を澄まし、必要であれば専門家の助けを求める。その勇気ある一歩が、あなたの未来を大きく変えるかもしれないのです。
十二条:正しいがん情報でがんを知ることから
情報が洪水のように押し寄せる現代において、何を信じ、何を選び取るかは、極めて重要なスキルです。特に「がん」という言葉は、私たちの不安を煽り、様々な情報が飛び交います。大切なのは、いたずらに心を揺さぶられることなく、信頼できる情報源(国立がん研究センターなど)から、静かな心で知識を得ることです。正しく知ることは、闇雲な恐怖から私たちを解放し、冷静で賢明な選択をするための光となります。
最後に:あなたの日常が、未来を創る
これら12の稽古は、一つ一つが独立しているようで、実はすべてが「調和」という一つの根で繋がっています。それは、自分自身との調和、そして自然や宇宙との調和です。
ヨガというプラットフォームを通じて、これらの習慣をあなたの人生に美しく統合していくことです。アーサナで身体を整え、プラーナーヤーマで呼吸と心を調え、瞑想で内なる声に耳を澄ます。そうして整えられた心身で日常を送る時、この12箇条はもはや「やるべきこと」ではなく、「自然とやりたくなること」へと変容していくでしょう。
健康とは、単に病気でない状態を指すのではありません。それは、自分自身の生命を慈しみ、世界と調和し、生き生きと輝いている「在り方そのもの」です。あなたの毎日の小さな選択、その一つ一つが、健やかで喜びに満ちた未来を創造していくのです。


